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吃音(どもり)についての Q&A(4)

ご質問

Q.23 吃音(どもり)は治療するものですか?

A. 病気やケガなどを手当てして治すことを「治療」といいますが、吃音の場合は、発声器官に問題があって手術をすることではありませんので、「治療」という表現は不適切だと思います。

吃音は不自然な話し方を繰り返しているために、それを体が学習し覚えてしまったものです。病気ではありません。安定した話し方がどのようなものかを感覚的にとらえ、話し方の調節習慣を実践的に身につけていくことが改善の道です。ですから「治療」ではなく、「良い話し方の習慣作り」が適切な表現だと思います。

Q.24 耳鼻咽喉科などの医療機関でも吃音の相談に応じてくれるのでしょうか。また、誰に相談すれば良いでしょうか。

A. 声を出すのは声帯を通してですが、これはあくまで器官として外から見える動きであって、吃音は不自然な発語感覚を体が学習していることや、精神的な反応が重なっています。ですから吃音者の発語プロセスを咽喉科の先生が見極めることは無理があるように思います。

医療関係やその他の機関、団体、個人に相談されるにしても、やはり担当者個人の資質が問われると思います。相談に応じられる人の資質を申しますと:

  1. 本人が吃音(どもり)体験者であることが望ましい。
    絶対に体験者でなければならないという訳ではありませんが、体験していない人がどの程度吃音者の心の動きを理解できるのか、はなはだ疑問です。言い換えれば、体験者は内側から語り、非体験者は吃音者の外の動き(吃音状態)をみて心理を推測するといえます。

    もしかつての吃音の私が、吃音の経験のない医師・インストラクターと相談をしたとしても「この人は吃音(意識)がどんな感覚なのか分からないから無理」と受け止めたことでしょう。

  2. 吃音から完全に脱却していること。
    完全に吃音がなくなり、実社会で安定した正しい発語ができていなければ、その人の理論がどんなに正しくても指導には不適切だと思います。
  3. 客観性を備えていること。
    体験談をお読みになってお分かりと思いますが、吃音の程度や改善の過程はそれぞれ異なっています。

    「こうやったら吃音が直ったので、あなたもこのようにすれば良い」と個人経験を他者にそのまま当てはめようとすることは押し付けに過ぎないと思います。

    Q.25 手話をしながら話す時はスルスルとことばが出て全くどもりません。なぜでしょうか。

    A. 手話をしながら話す時は、手の動きがことばとなっていますので、口からの発語は補足的な感覚となります。たとえことばが詰まっても手話はそのまま続けられるという安心感がありますので、自然にことばが出やすくなるものです。

    ひとりだけでの朗読では詰まってしまうのに、他の人と一緒に声を出して読むとスラスラ言えることと同じ心理です。
    また、手話の話し方は日常の話し方と異なり、ゆるやかなスピードで口の形をはっきりさせますので、このことも言いやすくしていると思います。

     

    Q.26 スピーチをする時、原稿を作るのとメモ程度で話すのと、どちらが良いのでしょうか。

    A. スピーチといってもさまざまな場面があり、原稿を作るかメモ程度で良いかはその場の状況によると思います。
    職場での会議や朝礼での打ち合わせ・伝達はメモ程度でよろしいと思います。けれど、結婚式でのスピーチ・司会、研究発表などのプリゼンテーション、講演会の司会、公の会合での挨拶スピーチなどでは、あらかじめ原稿を作ることをお勧めします。PTAでの挨拶や自己紹介なども、お話しに不安があれば原稿を作って話すことをお勧めします。

    詰まる意識がありますと、あらかじめ決められた(原稿通りの)フレーズを言うことに抵抗を感じ、原稿など作らずに、とにかくその場で何とか言い換えながら逃げ切ろう(?)と考えるものです。まあ、それも対処法のひとつと言えましょうが、緊張の中でひとつ言い換えると、続いて次の言い換えのことばを捜し始め、果ては自分で何を言っているのか分からなくなる・・・ましてや聴衆には言わんとするメッセージが届かなくなり、雲に包まれる・・・そんな具合になってしまうのではないでしょうか。

    公の場でのスピーチになればなるほど、ことばの精度が求められますので、原稿作成は不可欠だと思います。原稿作成は手間がかかりますが、その努力は報われるものです。
    準備段階として、自分で作った文章を声を出して読み、引っかかりやすい音は前の音につなげるなどのマークをして、読み上げるというより聴衆に語りかけるイメージが描けるまでリハーサルしてください。
    ちなみに私は講演会やコンサートでの司会をさせていただいておりますが、毎回必ず原稿を練ります。(紅白歌合戦の司会台本では、どの場面で何を話すかが事細かに書かれてあるのと同じです。)それにより話す内容の明確な枠組みができます。その中に当日の場でしか語れないフレーズ(ちょっとしたユーモア)を入れることができます。

    以前ある婦人が、・・・その方は吃音ではありませんがスピーチに苦手意識をお持ちでした・・・、会合でノートに書いた原稿を見ながら緊張気味に発表しておられました。けれど的を得た表現と誠実に語る態度は今も私の記憶に残っています。  スピーチは苦手と思っておられる方ほど、良いスピーチをするものです。反対にスピーチが得意と思っている人ほど、原稿もなく行き当たりばったりの冗漫なことばで長々と話し、聴衆に我慢を強いて受容させてしまうことがあります。

    原稿をもとにしたスピーチは話の質を高めます。そして、言い換えをして話すこととは比べ物にならない達成感、満足感そして話すことの自信をもたらすものです。ぜひトライしてください。

    Q.28 私は職場の電話応対でひどく緊張し、ことばが詰まります。社会不安障害(SAD)なのでしょうか?

    緊張

    A. 社会不安障害(SAD)(Social Anxiety Disorder)という病気は“人前で恥ずかしい思いをするのではないか”と過剰な心配をするために恐怖心が非常に強くなり、人の集まる場面で紅潮、発汗、震え、動悸(どうき)、下痢、腹痛、吃音といった症状が現れます。たとえば、

    • 大勢の人と会食をするとき(周りがリラックスしていても)。
    • 皆の前で自分を紹介されるとき。
    • 人の前で話をするとき。
    • 他人を見ている前で字を書くとき。
    • 目上の人に紹介されたり、話したりするとき。
    • 誰かが見ている前で電話をするとき。

    など、他者が自分に注意を払うとき、注意を払われていると感じるときに過度な不安を感じ、症状が出ます。

    このような症状が“また起こるのではないか?”といった不安を引き起こし、人が集まる場面を避けるようになります。その結果、学業や仕事、さらに結婚などの社会生活に大きな問題を抱えてしまうことにもなります。
    誰でも大勢の人の前で話をしたり、初対面の人と会う時は、緊張するものです。しかし、その緊張が異常なほどひどく、堪え難いものとなり、人前に出ることさえ苦痛になり、学校や会社を休む日々が続いているなら、社会不安障害(SAD)であるかもしれません。精神科、心療内科の医師に診てもらうのが賢明と思います。SADの場合は薬の服用と精神療法で治療が行われます。

    さて、吃音とSADとの関係ですが、吃音者イコールSADであるということではないと思います。私のことばの詰まりが顕著だったのは10歳代後半、20歳代始めでしたが、社会人となった頃は電話応対、人前での発表などで大変緊張し、動悸、発汗がありました。それは発語予期不安からくるあがり症とも言えます。
    SADで言う吃音は、普段は詰まることのない人が、人前ではことばが詰まる、声が出なくなるというようなことのようです。

    レッスンを受けた方で、精神科医からSADと診断されている方がおられました。この方は吃音ではありませんが、自己紹介など、人前では一切声が出なくなるという症状でした。
    SADであって、詰まり意識が部分的に重なっておられる方もおられると思います。医師の診断が必要かと思います。

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