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吃音改善体験談(26歳~29歳)(P.9) 話す場面での恐怖感の軽減、他

 レッスンを通して自分の生活そのものが前向きに変わりました。

Wさん(千葉県在住 28歳 会社員 女性)

私が吃音を初めて意識したのは小学校3年生の時でした。自分では全く気がついていなかったのですが、学校帰りに友達に指摘されて、意識するようになりました。その時はたまにひっかかる程度だったのですが、4年生に上がった頃には、さらにどもるようになり、「た・わ行」で「母音に『あ』が2回以上重なる人の名前(「田中」「高橋」「渡辺」など)が言いにくくなりました。また特に自分の名前を言う時は第一声が出なくて、とても辛かったです。クラス替えの自己紹介では上手く言えるかとドキドキしていました。

一番苦手だったのは電話をかけること! 最初に自分の名前を名乗らなければいけないのですから・・・。たった1件の電話をかけるのに、ドキドキしながら、受話器をとって、深呼吸して、また受話器を置いて・・・の繰り返し。でも、小・中・高とそれほど、電話をかける機会はなかったので、なんとか乗り越えて来ました。

学校を休む時は必ず母親がかけてくれていました。でも、社会人になってからは、そうはいきません。体調不良で休む時は自分で電話をしなければいけないので、本当に辛い時以外はムリをしてでも出勤していました。

職場は電話を掛けなくても済むような所を選んだので、それ以外の電話は全くと言っていいほどかけないで済みました。どもりそうな言葉はいつも違う言葉に言い換えていたので、周囲の人達は私が吃音とは気づいてはいませんでしたし、特に辛い事もなくそれなりにやってきました。

職場では毎日PCとにらめっこ。仕事中はあまり会話もしません。特に好きなだから始めたという仕事でもないので、仕事を心から楽しいと思った事はありませんでした。平凡にこの仕事を続けて、結婚して家庭に入ればいいぐらいに考えていました。

でも、もし結婚して子供ができたら、自分の母親が電話をしてくれてたように自分も電話をしなければならないんだ!と思うと、不安になりました。子供の前で電話をした時にどもったら恥しい・・・。「なんでお母さんは自分の名前言えないの?」なんて思われたくない・・・。

仕事をしてもしなくても、結局は電話と離れられないと考えた私は、やっぱり吃音をどうにかしなくては!と思うようになりました。

インターネットで吃音のページを色々検索して、江田先生のホームページを見たときにコレだ!と思い、チャレンジする事にしました。先生も同じどもり経験をお持ちであるという事と、レッスンの体験談を見て、私以外にもこんなに同じ思いをしている人がいるんだ!と思い読んでるうちに、涙が止まらなくなりました。

レッスン初日はとても緊張しました。でも先生のやさしい声を聞くと、すぐに緊張がほぐれました。先生の後に続いて同じ言葉を話すと、思ったよりもゆっくり話す事が出来ました。私は日頃、若干早口で、話し方など全く意識していなかったので、意識すればちゃんと出来るんだ!と実感しました。

最初はトライアルの2回を試してみようと思っていただけでしたが、初回より2回目は更に言いやすくなったので、もっとチャレンジしてみたくなりました。

どもりを治そうと思わずに、伸ばす感覚を意識して、自分なりに調節して良い話し方の習慣をつけてくださいと先生のおっしゃることの実践を重ねていくうちに、以前より電話が嫌ではなくなりました。今はむしろ電話応対はレッスンの実践ができるチャンスだと思っています。

自分の名前も調節して言えるようになりましたし、普段の会話もなるべく言い換えをしないで調節して話す努力をしています。たまにはひっかかる事もありますが、吃音をもっていらっしゃらない方も時には ひっかかる事もあるでしょうし、もう以前のようには気にしなくなりました。

今までは話すことから逃げてばかりでしたが、レッスンと供に気持ちが前向きになりました。自分の生活自体が、ガラっと変わったので、周りの友達から、「最近イキイキしているね」なんて言われるようになりましたし、家族からは「なんだか最近話し方が丁寧になったね」などとも言われました。もう「早口だね」とはあまり言われなくなりました。

吃音のことだけではなく、自分の生活そのものが短期間でこれだけ変わったので、何で今まで逃げていたのだろう?と思います。考え方次第で、こんな私でも変われたのですから、今お悩みの皆さんも、前向きにトライすればきっと変われると思います。たとえ時間がかかったとしても、必ず成長出来ると思います。

※江田よりのコメント:
レッスンでは明るい声のTさん。でも体験談を読ませていただき、人知れず悩みをかかえていたのだと改めて思いました。
もともと人との会話を楽しめる性格の持ち主ですので、仕事や友達との会話の輪を広げていかれることでしょう。

 吃音を通して、逆に前向きに生きることを学んでいけるんだと思います。

Sさん(東京都在住 28歳 劇団員 男性)

僕がどもりを初めて意識したのは小学校4~5年生のころです。授業中に面白い事を思いつき、みんなの前で言おうとした瞬間、第一声がつまって、まったく言葉がでなくなってしまったのです。

それからというもの、突発的に話そうとする瞬間には、必ず言葉がつまるようになってしまいました。それはどもるというより言葉が詰まってでてこない、といった方が近いかもしれません。しかしこのようなシチュエーション以外では、言葉が詰まったりした記憶がありません。(忘れているだけで、本当はあったのかもしれません。)

しかしこのような状況も1年間ぐらいでなぜか自然と終わり、その後は全くどもる事なく、どもっていた事すらすっかり忘れていました。ちなみに直ったきっかけなどはほとんど覚えていません。

それから10数年後、どもる事などすっかり忘れていた24~25才ぐらいから、徐々にですが、特定の言葉がつまって言いづらくなってきました。始めのうちはまったく気にも留めていなかったのですが、徐々に自分の心の中で、あせりに似た感触が生まれてきました。

僕は21歳から演劇を始め、それから現在までにいくつもの舞台を踏んでいるのですが、徐々に、練習の時に行う、大好きだった朗読が、自分の中で苦手なものとなっていったのです。それから突発的な短い台詞を言う事も難しくなってきました。それでもその言いづらさを何とかごまかしごまかししながら乗り越えていました。乗り越えるというよりも「どもる」という現実を見ないように、そしてばれないようにしていきました。

それでも、どうしても避けられない事がいくつかでてきました。それは私が出演する舞台のナレーションを録音しなければならなくなった時です。どんなナレーション内容だったか忘れましたが、とにかく第一声が全くでてこなく、たった一行の台詞を録音するのに1時間もかかってしまいました。音響スタッフのメンバーに大変な迷惑をかけてしまいました。

また別の公演の稽古の時は、ある一言の台詞がつまってしまい、全体の練習がまったく進まないなんてこともありました。

これらの事があってから演技をやっていく上で、「どもり」という問題は僕の中でどんどん大きくなり、強烈に意識せざるを得なくなってしまいました。

自由に、心から、のびのびと演技をしたいのに、言葉がつっかかって何か自分の思いや感性を誤魔化している感覚がとてもつらくなりました。それから演技がどんどん表面的になっていき、正直「これはまずいぞ」と思いました。

意地でもどもりを直さなければいけない、と思い、帰り道に早口言葉の練習を何度も何度も繰り返しました。しかしやればやるほどどんどん言葉のつまりがひどくなり、よくなるどころか、気持ちもどんどん暗くなってしまいました。もうどもりは直らず、演技もやめなければいけないのか、と絶望的な気持ちになってい ました。

そんな状況が1年ほど続き、何気なくホームページで「どもり」と検索したところ、この「さわやかカウンセリング」に突き当たりました。

初めは、自分を完全などもりと確定してしまうようで、電話レッスンを申し込むのに小さな抵抗があったのですが、その時の僕には「とにかくどうにかしたい」という思いのほうが強く、早速申し込む事にしました。このような経過から初レッスンがスタートしました。

江田先生と初めてお話し、第一声「ずいぶん早口ですね」とやさしく助言され、正直びっくりしました。私は自分が早口であるという自覚があまりなかったという事と、なによりもどもりを覆い隠すために、知らず知らずのうちに早口でしゃべっていたことに驚きました。

それから母音の流れを意識して話す話し方を教えていただき、一気に気持ちが楽になりました。それは驚くほどに楽になりました。どもりを克服した先輩の言葉が何にもまして、僕の心に染みたんだと思います。

レッスンを開始してからまだ4回目ですが、その4回のレッスンで学んだことは、ちょっとした「気の持ちよう」で、だいぶどもりが改善されるという事です。そしてもうひとつは、「どもる」という事を客観視する事。この二つが重要だと感じました。

たとえばリラックスしている状態で、どもらず(どもることを意識せず)に話せたときは「なんだ、普通にしゃべれるじゃないか」と素直に喜び、どうしてもどもってしまう時は、あせらずに心の中で「今緊張しているな」とか「いまこの言葉が出ずらいな。だったらゆっくりしゃべろう」とか、客観視できるようになるとよいと思いました。

しかしすべての言葉を冷静に客観視してしゃべる、というのは無理があると思います。ですからすらすら話せる時は素直にその事を楽しんじゃう気持ちが重要だと思います。その両方をうまく使い分けながら、レッスンで学んだ事を自分にあった方法で、日常生活に組み込んでいけば、すごくプラスになるのではないでしょうか。

僕は吃音になったことで、いろいろな勉強をしたなあ、と思っています。当たり前の事は当たり前じゃない、という事を学んだと思っています。変な言い方ですが、自分が当たり前にできる事は、当たり前のことではなく、なにかに感謝できることなんだなあ、と感じたからです。「普通に喋る」という事は、どもらない人にとっては当たり前の事でも、どもる人にとってはとてもありがたい事だからです。

この文章をお読みのほとんどの方は、吃音をお持ちなのではないかと勝手に想像しますが、こんな気持ちに少なからず共感いただけるのではないかと思います。すべてが完璧にそろう事なんてほとんどないと思います。そんな中、吃音を通して、逆に前向きに生きることを学んでいけるんだと思います。

※江田よりのコメント:
Sさんは劇団に所属し、多くの舞台を踏んでおられます。話すことを専門としている人が、何で電話レッスンを希望するのかと、こちらが驚きました。
マリリン・モンロー、ジェームズ・ディーンなども吃音意識があったと聞いていますが、吃音心理の奥の深いことを今更ながらに思わされます。

 今では言葉をコントロールすることができ、話をするいろいろな場面で恐怖心が徐々に薄らいでいます。

Sさん(山梨県在住 28歳 会社員 男性)

私が吃音と感じたのは、小学校高学年の朗読のときでした。普段は自然に言葉を出すことができたのですが、その時は急に体全体に力が入って言葉がのどの所で止まっている感じでした。その時は、何がなんだか解らず子供ながらかなり動揺していました。

私の場合「ア行」に対する吃音がひどく、それから「カ行」・「タ行」と広がっていきました。その頃、自分自身でも何か治す方法はないものかと考えて、学校の教科書や小説を声を出して毎日朗読していました。その甲斐があり、中学・高校・大学とどもる時期もありましたが、全くそうでない時期もありました。けれど、心の中ではいつも吃音に対する恐怖を抱えてビクビクしていました。

私の仕事は建設業、現場監督なので色々な人と接します。現場をスムーズに円滑に進めていくことで重要なのが人とのコミニュケーションです。仕事上、多くの専門用語を使うのですが、私にとっては言いづらい表現ばかりです。

音を意識していた私はどうしても伝えたい言葉が上手く出ず、自分が話しやすい遠まわしな表現で説明してしまい、かえって理解してもらえず、相手を不愉快な気持ちにさせてしまったり、電話では先方の担当者の名前が口から出てこないなど、仕事以前のことで涙が出るくらい悔しい思いをしました。

こんな生活から抜け出したい、何か治す方法はないかとインターネットで吃音に関する様々なサイトを調べている中「さわやかカウンセリング」に出会い、私と同じ悩みを抱えて克服している人達の体験談を読みとても感激しました。

2年間のレッスンでの適切なアドバイスのおかげで、今では言葉をコントロールすることができ、話をするいろいろな場面で心の中の恐怖心が徐々に薄れてきています。また、以前と比べて話すことが楽しくなってきました。

私を「さわやかカウンセリング」に参加させるきっかけを与えてくれた体験談を書いてくれた皆様にも本当に感謝しています。ありがとうございます。

※江田よりのコメント:
建設業の現場監督という仕事は、段取り、手配、説明など、人を動かす業務と伺っています。専門用語を使ってのコミュニケーションが必要とされます。レッスンでは現場の専門用語を入れたSさん自製のテキストも使って、話し方感覚を育てておられます。
これからも良きコミュニケーションをとって、仕事を円滑に進めてください。