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吃音改善 体験談(30歳~39歳)(P.13) 心地よい発語体験、他

 自分が今課題としているのは、どもる事を恐れず、自分を信じることです。

Sさん(和歌山県在住 35歳 会社員 男性)

学生時代の私は、中学時代に受けたイジメ(私のわがままの性格が原因ではあるのですが…)などにより、人と積極的にコミュニケーションを取ることを避けていました。一番多感な時期に、人と話すという経験を積み重ねなかった訳です。

私がどもることを感じ始めたのは、高校の時くらいでしょうか。自分の発したい言葉が頭の中では言えているのに、口から言葉として出てこないのです。
言葉が出てこない苦しみはありましたが、積極的に話す事自体も避けていたので、別の言葉に置き換えるなどして何とかやり過ごしていました。

新卒で就職した会社では、ほとんどお客様と話す機会のない部署へ配属されましたが、電話応対をする機会も当然ありました。当時は就職にあたり、自分のどもる話し方が仕事に影響するなど深く考えたこともありませんでした。ところが「お電話ありがとうございます」という言葉が徐々に発せられなくなってしまい、お客様が怪訝(けげん)そうに「もしもし?」と言われるまで無言状態が続くこともしばしばでした。

その後何かをきっかけに「お電話ありがとうございます」が言えるようになったのですが、代わりに今度は社名がスムーズに言えなくなるというように、電話応対に対して常に苦手意識がありました。

6年間その会社で働いた後いくつかの職場を経験したのですが、飲食店で働いていたときには「ありがとうございます」が言えなくなるなど、歳を重ねるにつれ段々と、どもることへの不安と恐怖も増していきました。

職を転々としていたのは吃音が原因という訳ではなかったのですが、「話す」という事自体のスキル不足も感じていた私は、思い切って電話オペレータという職にもついてみました。

前向きな気持ちで始めてはみたものの、一時は言えるようになっていた「お電話ありがとうございます」が再び言えなくなりました。人がいない場所や自宅などで、独り言のように言ってみると言えるのですが、いざ人前や受話器を持つと言えなくなるのです。正直「またか…」と落胆せずにはいられませんでした。この職場でも、ある言葉が再び言えるようになると他の言葉が言えなくなったり、再び同じ言葉が言えなくなるといった状態を繰り返しました。

やはり自分は話す職業には向いていないと感じながらも、今度は人前で話をする機会の多い職場へ移りました。そこでは「よろしくお願いします」や「お疲れ様でした」という挨拶を頻繁にしなければならないのですが、やはり意識すればするほど言いづらくなるといった状態に陥りました。

自分でも何とかしたいと思い、言いにくい言葉を繰り返し繰り返し練習してみましたが、効果が無いばかりか、場合によってはさらに言いづらくなることもありました。話すのが商売とも言える職場だったので、上司からも話し方の指摘も受けるようになり、どもることが本当にストレスでした。

ここまできてやっと、本気で自分の吃音をどうにかしようと思いインターネットで検索したところ、この「さわやかカウンセリング」のホームページを見つけました。思えばそれまで自分がどもりであるということを分かっていながら、「認めたくなかった」「受け入れたくなかった」のかも知れません。ホームページに載っていることは、まさに自分と重ね合わさせられることばかりでした。
また体験談を読んで、自分と同じような思いをしている人がたくさんいることを知り、自分だけではないのだと勇気づけられました。そして自分のどもることに立ち向かおうと決心し、レッスンを申し込みました。

  

江田先生には、話す技法から気の持ち方まで、いろいろなことを教えていただいていますが、そんな中で自分が今課題にしているのは、「どもる事を恐れず、自分を信じる」ということです。

これまでは、どもる自分が他人から変に見られることを恐れて、どもりがばれないようにばれないようにと思っていました。いや、今でも心の奥底では、まだまだその思いが拭い去れていないように感じます。

今、趣味でテニスをしているのですが、プレー時にミスをするんじゃないかと恐れると、体が動かずミスしてしまうことが多くあります。でも、実力を出しきってミスしたときはしょうがないと思えるものなので、自分を信じてプレーすることが大切なんですよね。吃音に関しても、まったく同じことが言えるのではと思っています。

今でも言い難いままの言葉があったり、ストレスがたまってくると瞬時にスムーズに話せないことが多々あります。しかし、時間はかかるかも知れませんが、いずれはどんな場面でも話し方を調節できるようになると信じています。

また、これまで私は「超」がつくほどネガティブ思考で、そんな自分が好きになれませんでしたが、今は自分を好きになろう、好きになれる自分に変えていこうとも思っています。

※江田よりのコメント:
吃音が何であるかを客観的にとらえられないと、自分を認めたくないし、詰まり意識を持つ自分を受け入れられないものです。隠そうとすればする程、話すことのこだわり意識、囚われ意識が深くなります。
あくまで人に聞きやすい話し方を高めていこうという姿勢が自分を解放していくと思います。

 たった一度の人生。話すことを積極的に楽しみますよ。

Yさん(新潟県在住 39歳 会社員 男性)

私と吃音との付き合いは物心ついてから現在まで、長期にわたっております。姉の病気、弟の出産で、殆ど両親に相手にしてもらえず、不安の中で幼少期を過ごしたことが起因していると両親から聞いています。また両親とも教員で、比較的世間体を気にする環境も拍車をかけたと思われます。

小学校に入ってからは自己紹介、音読、日直、電話などで苦しみ、以後30年間諦めて生きてきました。

しかし3年半前、決定的なピンチが訪れました。社内で配送から営業部門に異動を命じられたのです。まさかでした。特定の人としか接することのない配送から、殆どが飛び込み訪問活動の営業への異動なのですから・・・。結果は悲惨を極めました。

まず相手先の受付の人と対面すると、第一声が出ないのです。そればかりか、発語にとらわれているので姿勢や態度も極めて不自然で、私が行くと露骨に顔をしかめる人や見下すような態度をとるような人ばかりでした。

やがて全く飛び込めなくなり、一日中ホームセンターや書店等で時間をつぶすようになり、帰社してはウソの活動日報を書く日々が続きました。営業成績はダントツの最下位。毎晩のように妻に、「もうダメだ!明日でやめる!」と宣言して会社に行っていました。

生き地獄の中で、藁をもつかむ思いで通い始めたのが催眠療法士のA先生でした。A先生の指導はとてもシンプルで、瞑想・・・瞑想・・・の繰り返しでした。けれど効果が全く表れず苦しい日々が続きました。
先生にあまり効果がないことを告げると、「そんなことはないですよ。確実に変わってきている。お金もかかるので通う必要はないから、自宅で続けてください。」と言われるばかりでした。

毎日、毎日一日3回、とりつかれたように瞑想に明け暮れました。その結果、少しずつ自分でも分かるくらい変化が出てきました。飛び込み訪問時も明らかにドキドキが減っていきました。飛び込み訪問時の苦痛もかなり軽減され、何とか活動が出来るようになりました。やがて営業成績も表彰されるまでになりました。

A先生の指導であるがままの自分を受け入れることが少しは出来るようになり、人の優しさに気付き、素直に感謝できるようになってはきましたが、吃音の発語不安は絶えずやって来ました。A先生からは「私は吃音に関しての専門家ではないので、あなたの感性で師を見つけてください。あなたの感性なら絶対に大丈夫です。」と言われ、インターネットで検索したところ、一瞬にして「さわやかカウンセリング」に目が行きました。

次の日、コンビニの駐車場から早速電話してみますと、実に柔らかく、落ち着いた江田先生の声が聞こえてきました。その時「これだぁ~!」とハッキリ確信できました。

今まで17回のレッスンを受けていますが、その度に自信と安定感を感じます。特に、伸ばす、つなげる感覚は覚えると発語がすごく楽になりました。

レッスンで励まされる言葉は、「ドキドキしてあたり前。ドキドキするからダメなのではなく、ドキドキしながらでも安定感を意識して話せること。これが本当の自信になるんですよ。」という言葉です。今まではドキドキするな!ドキドキしちゃダメだ!とばかりに自分自身を殺してきましたが、正反対をやってきたわけです。

つい先日、お得意様の方々50人を集めての当社商品の説明会がありましたが、その司会進行役に立候補し、務めることになりました。もちろんかなり不安がありましたが、不安があってあたり前、不安ながらも安定感を意識して話そうと前もって心に決めていました。

結果は大成功でした。自己満足かもしれませんが、上司も喜んでくれました。次回も進行役を務める予定です。「本日は~お忙しい中~当社の~商品説明会に~」と話し方の記号を書き込んである今回のスピーチの台本がここにあります。私のためのちょっと変わった台本です。

たった一度の人生。これからも話すことを積極的に楽しみますよ。今までどもることを言い訳にして全てを逃げてきたのですから・・・。

※江田よりのコメント:
慣れない営業に異動させられたIさんにとって、この3年間は試練の連続でした。けれど、催眠療法士のA先生を通してあるがままの自分を受け入れられるようになってきたこと、そしてこのレッスンで話し方の調節感覚を学びつつあることなど、今までの試練が宝にもなっていると感じます。

 どもったことを悔やみ、落ち込んでいた日々が馬鹿らしくなってきました。

Hさん(滋賀県在住 30歳 公務員 男性)

小学3年生の国語の授業で、指名され本を読みました。「は」が連続して出てくる早口言葉みたいな文章だったのですが、なぜか言葉が出なくて先生に不思議がられ、いろいろと言われました。そのときから、言葉が形を持つようになりました。言葉を意識するようになったのです。これが私のどもる感覚の始まりでした。

中学校、高校と進むにつれ、ちょっとした言葉のつかえでも気にするようになり、大学では本格的に、自分はどもる意識を持っていると思うようになりました。

大学時代はあまり話さないで済むようなバイトを選び、電話もあまり出ないようにしていました。でも友達との会話や普段の電話では言葉は出ていたので、改まった場だけ避けていれば生活に支障はありませんでした。

しかし、卒業後に公務員として働くことになってから、辛い日々が始まりました。電話はかかってきますし、上司に説明をしないと仕事になりません。また、住民の方とも話をすることがあります。話さないことには仕事にならないのです。今までなんとか話すことから逃げてこられましたが、ついに逃げられなくなってしまいました。

電話に出ても言葉が出てこないので「ちゃんとしゃべれ!」と住民の方に怒られたこともあります。就職試験で採用1人の枠に私が受かったため、落ちてしまった子の親から「私の子供の方が仕事ができる。」と直接言われたこともあります。言葉が出てこないのは事実ですから何も言い返すことができずに、みじめになりひとりで泣いたこともありました。

そんな日々を送るうちに、電話応対や話すことがどんどん怖くなり、どもる度に自己嫌悪に陥り、いつも吃音が頭から抜けなくなりました。話すことは子供にもできる普通のことなのでしょうが、私にとっては一番難しいことでした。自己嫌悪でどんどん自信もなくなり、その日にどもったことを悔やむ日々を送っていました。

どうにか脱出口はないものかと、いろいろと探しているうちに「さわやかカウンセリング」のホームページにたどりついたのです。江田先生のホームページを読むにつれ、吃音で苦しんできた心が解けていき、このレッスンを受ければ普通に話せるようになると確信できたのです。

病院の精神科を受診したこともありますが、医者の言うことはもっともなことばかりで、吃音持ちでない人にこの気持ちなんて解らないとしか思えませんでした。江田先生はどもりで苦しんだからこそ、ホームページに掲載している文章が書けるのだと思いました。そこで、すぐに申込をしました。レッスン料が安いのも魅力でした。

レッスンでの江田先生は、とても流ちょうに話をされるので、かつてはことばが詰まっていたとは全然思えません。先生は今も安定感を意識して話し方をコントロールしているとのことで、練習をすればいつの日か私でもそうなれると希望がもてます。今はまだ目立った効果はありませんが、どもっても落ち込むことが少なくなってきたのが大きな成果です。

最近ではどもったことを悔やみ、落ち込んでいた日々が馬鹿らしくなってきました。どもったときに、「気にかけて落ち込む」のと「そのうちなんとかなるだろうと開き直る」のとでは大きな差になると思います。何年もかけて吃音を心の中に成長させてしまったのだから、その分、何年かかけてコントロールできるようになっていくつもりです。

江田先生がいつもおっしゃる「どもっても構わない。音を伸ばす、つなげる等の安定感のある話し方を心に留め、実践していくことが大事。コツをつかむのは自分自身です。」との言葉を心の拠り所として、少しずつコツをつかんでいきたいと思います。

※江田よりのコメント:
「どもらないように話さなくては・・・」と意識すると、吃音意識はますます深まり、ちょっとした言葉の詰まりにも大変神経質になってしまうものです。
それでは何を意識すれば良いのかと言いますと、それは「安定感」です。日常のリラックスした場での会話で、レッスンでの発語感覚(安定感)を時折意識化して話す習慣を身につけていくことです。
どもっても構わないという心の幅と、安定感の意識化習慣によって、発語不安のある中でもコントロールしていける領域が広がっていくことでしょう。