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吃音克服 体験談(50歳以上)(P.5) 確実に発語できる確信、目標は吃音の克服、他

 目標は吃音の克服。

Kさん(東京都在住 54歳 自営業 男性)

私は毎日車の運転をしている。
狭い道では周りに気を配り、徐行や一時停止をして、歩行者に注意して事故の起きないように走っている。

しかし、話をすることは車の運転とは違い、どもることを気にして意識しながら話すとうまくいかない。
どもらないように構えると、余計うまくいかない。
車なら安全運転に気を配れば良いのに・・・話をする時はなかなか安全運転のようにならない。

大学を卒業した頃は、「声をやや低く・穏やかに・ゆったりと」を心がけて話すようにと思っていた。
けれど、そう心がけていてもあれから三十余年、未だに吃音に悩まされている。

レッスンで江田さんから「急(せ)いて話そう、話そうとしない事」と言われて目が覚めたような感じがした。
今まではどうしたらどもらないで話せるかということばかり考えていた。
結果として早口になり、話すと疲れが残るようになった。

「伸ばすとことばが安定する」ということをことも江田さんから指導を受け、やってみてそのとおりだと思っている。単純なことだが、今まではこんな感覚とは全く無縁だった。

ッスンを始めて1年8ヶ月。いろいろ発見がある。目標は吃音の克服。今後もレッスンで得たことを実践していくつもりだ。

※ ひ と こ と :
「どもらないように話すにはどうしたらよいか・・・」と考えるとますますうまくいかなくなります。
多少ひっかかってもOKとする心の幅をもたせて、「こんな風に話すといい具合だな・・・」と安定感を時折確認していく習慣を育てていくと、うまくいくものです。

 これまでの自分と違うものを感じています。

Yさん(佐賀県在住 52歳 会社経営 男性)

小学校2年生ぐらいから言葉が引っかかるようになったと思います。それからもう45年ぐらいの長いつきあいです。今まで「自分がどもらなかったら」とか、「何とかしてどもりを直そう、克服しよう」と何度思ったことでしょう。今まで吃音の矯正所へも二度ほど行きましたが、いつのまにか元に戻っていました。そして近年は、日常生活や仕事でもそんなに困るようなことはないし、もうこのままでいいと思うようになっていました。

  

そんな時「さわやかカウンセリング」のHPに出会いました。そこに書かれていることを読んでいるうちに、「吃音が治るということは、話し方をコントロールできるようになること」というようなことが書かれていて、今まで自分が持っていた捉え方が変わり、これならまだ自分にもできるかもしれないと思いレッスンに挑戦いたしました。

レッスンを重ねていく中で、これまでの自分と違うものを感じていますし、何かしら手ごたえを感じています。

「話し方をコントロールできるようになる」ということを頭で理解するだけではだめで、習慣づける。今は「吃音を治すのではなく、話し方習慣を変えることなのだ」と思うようにしています。

今までの長い習慣を変えることは容易ではありませんが、今度こそは、安定した話し方にもっていけるのではと信じています。

※ ひ と こ と :
45年の長きに渡って詰まり感覚とつき合ってこられたIさんですが、日常生活や仕事では話すことにさほど困ることはないものの、会合でのスピーチなどでより確実なお話しを願ってのレッスン受講です。
「吃音とは治すものではなく、良き話し方習慣を身につけていくもの」という認識は「さわやかカウンセリング」のエッセンスです。

 確実に発語できるという実感を得て

Mさん(広島県在住 51歳 公務員 男性)

私がどもりになった原因はわかりません。小学校の低学年位から最初の言葉が出にくかった記憶があります。学級委員長として授業の始めと終わりの号令をかける時にどもり、そして、学芸会の発表で大勢の人の前で決定的にどもってしまい、小学校高学年くらいではっきりとどもることを常に意識するようになりました。

吃音があるため、中学、高校と進んでも学校生活は楽しいものではありませんでした。大学は、あまり話をしなくても良いような仕事にということで、工学部の化学系にしました。また、東京には有名な矯正所があるということで大学は東京にしました。

私のいった大学には学生相談室があり、そこに吃音の相談に行きました。そこで心理学の先生から4年間カウンセリングを受けました。そして、矯正所にも6ヶ月位通いました。

その当時、いくぶん治ったものの、大学を卒業して地元の市役所に就職してからも話すことには大分苦労しました。電話が上手に出来ない、大勢の前で説明・発表が出来ないということで、話すことから逃げてばかりいたように思います。

45歳の時に昇進して係長になりました。これから話さなければならない機会が増えると思うと、重圧とストレスで眠れない日々が続きました。昇進して1ヶ月で鬱病になりました。私の人生で一番苦しい時期でした。2ヶ月の入院ののち仕事に復帰しましたが、将来に対する不安が消えませんでした。

現在の私はあまりどもっていません。外からみたら私が吃音だとは誰も気がつかないでしょう。私の吃音が好転した契機は4つあります。

一つは学生相談室で受けた「自律訓練法」というリラクゼーション法をマスターしたこと。
二つ目は学生時代に受けた民間の矯正所の方法で幾分改善したこと。
三つ目は鬱病から復帰後、上司に勧められ「話し方教室」に3年間通って場慣れしてきたこと。
四つ目が江田先生のレッスンを受けて確実に発語出来るという確信を得たこと。

「確実に発語出来るという確信」・・・これが私の求めていたものでした。確かに発語不安にかられた時、江田先生の指導の方法でどもらず言えた、この成功体験は私の大きな自信になりました。今の私には、これからまだ話すことに関して上達するのではないかという予感さえあります。

これからは、多少どもってもいいから、人を感動させたり、元気にさせたりするようなそんな話が出来るよう克服していきたいと思っています。

 

※ ひ と こ と:
Mさんの長きに渡る改善のプロセスを興味をもって聞かせていただいています。レッスンを通して、どんな場面でも「確実に発語出来る」という自信への確かな足がかりを得ておらることは、私にとりましても大きな励ましです。

 毎回のレッスンの終了後はさわやかな気持ちになります。

Uさん(神奈川県在住 51歳 会社員 男性)

言葉の大切さは今更言うに及びません。このような高度な言語機能は長い年月、遺伝子を受け継ぎ発達しながら今日まで連綿と続いてきたものと思います。せっかくの偉大な財産を十分に使いこなせない吃音者は本当に損をするはめになります。この辛さは説明の必要はありませんよね!どもりを治すために正常者との違いを見つけようと思っても見つかりません。

それはその筈、細胞まで含めたどんな精密検査をしても全く正常者と同じであるためです。そこで、違いは精神的なこととなります。人間は生まれた後、覚えるものは頭脳に記憶しながらの学習効果だと思います。成功したことは喜びとして伸びていく、その反対のことは苦手なこととして記憶に残り、成長どころか停滞と苦痛の相互作用の関係になっていくように思えます。

しかし成功にも失敗にも必ず原因がある筈です。そう考えて、私は自分なりにどもる原因をいくつか仮定し、「この世で起こったことは必ずこの世で解決出来るものである」と信じて取組んでいます。

その一つとして、レッスンでもよくご指摘いただいたことでもありますが、言葉を延ばすことに取組んでいます。お経は言葉を延ばしながら唱えます。これは人の耳によく入るようにとのことかもしれません。「般若心教」を自己流ですが声を延ばすことに留意して唱えています。今では原文を暗記してしまいました。

その他に、主に今の50代以上の人々に勇気を与えてくれた小説として、司馬遼太郎作の「坂の上の雲」があります。その主人公である秋山真之が作文した「連合艦隊解散の辞」を東郷平八郎司令長官がゆっくりと穏やかに奉読した調子を真似て、ゆっくり語尾を延ばすことを心がけて読んでいます。これも暗記してしまいました。成果はそのうち出れば儲け物との感覚でほぼ毎日行っています。

江田さんとのレッスンでお誉めの言葉をいただいた時は、成果の一部が出たかなと思い嬉しくなります。吃音を見事克服しておられる江田さんのアドバイスを直に受けながらの毎回のレッスンの終了後はさわやかな気持ちとなります。続けていれば自分も克服できるかもしれないと希望を湧かせてくれるものです。本当に感謝しています。

※ ひ と こ と :
Uさんとのレッスンでは一度もことばが詰まったりすることがなく、講談師のごとく立て板に水の如くすらすら話します。
Uさんにお勧めしていることは、次の二つです。
(1)自分を見失って早口ペースにならないこと。
(2)過去の経験から浮き出てくる発語不安にこだわることなく、自分で納得のいく話し方習慣を維持していくこと。