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吃音改善 体験談(18歳~25歳)(P.14)会話を楽しむ、「ありがとうございました」が楽に、他

 考え方が180度変化しました。

Kさん(東京都在住 22歳 大学生 男性)

私は、物心ついたときにすでにどもっていました。初めはあまり気にならなかったのですが、小学校へ進学する頃には自分が普通に話していないことに気がつきました。小学生の頃はそのままの状態で、少し気になる程度でした。

ところが、中学・高校へと進学するにつれて、仲の良い友達から話し方をたびたび指摘されるようになり、吃音意識が強くなっていったのをはっきり覚えています。普通に文章を読むことができず、自分が発言すると周りでくすくすと笑い声が聞こえてきたり、とまどいや驚きの表情をされたりという経験は数え切れないほどあります。頭の中では言葉が思い浮かんでいるのに、いざ人前で話そうとすると言葉がつまって、結果としてどもりながら話すことしかできませんでした。授業中では、テキストの朗読が自分にあたらないか常に気になっていました。

このような状態を認識していくうちに、どもることを障害の一種として受け止め、「自分は障害者に準ずる存在ではないであろうか」という気持ちが強くなっていきました。満足に自分の意見を言うことができず、仮に話したとしても強くどもりながら話す自分は本当に健常者であるのか、とよく自問していました。そして、なぜ自分だけがこんな話し方であるのか、自分は生まれてきてよかったのかなどと色々考えました。今では、それが大きな間違いであったことに気づいていますが、当時は本当にそう信じ切っていました。

このような経過から、私はある瞬間から「自分の言葉」に対して思考が停止してしまいました。つまり、真正面から考えることをやめて、現実逃避してしまったのです。それは、勉強であったり、部活動であったり様々な形で表れました。

しかしながら、このままではいけないという気持ちが強くなり、自分の話し方について正面から考えることにしました。来年に就職活動が迫り、今のままではとても就職活動することはできないと痛感したのです。また、更にもっと他人に対 して自分の意見を確実に伝えたいという気持ちが強くなったことも影響しています。

そして、さわやかカウンセリングのホームページに出会いました。今まで、ただの一度も「どもり」という検索ワードを使用したことはありませんでした。それ程、私はどもりという現実から逃げていたのです。ですが、今回は固い決心がついていたので躊躇なく検索することができました。

レッスンを進めていく中で、自分が「吃音」という現実を受け入れられるようになっていることに気づき、考え方が180度変化しました。現実から逃げ続けていれば、今の心境には達していないはずです。

レッスンでの「自分でその都度調節できるようになればいい」という江田先生からのアドバイスを日々実感しています。上手く話さなければならないという完全主義を捨て、一語一語はっきり話そうとせずに音をつなげていくことなど、自分のペースで調節し、習慣づけしていくことがなによりも重要だと思います。

よくよく周囲を見渡してみると、大学の先生を含め、案外私のようにどもっている方がいることに気がつきました。みなさん自分なりの調節方法を持っていて、普通に話しています。私もレッスンを進めながら、あせらず自分なりの調節方法や立ち直り習慣を身につけていこうと思っています。

まだまだ場によって詰まることが多いですが、それでも少しずつ自分のコントロールできる範囲が広くなっていることが良くわかります。

※ ひ と こ と :
話し方のコントロールできる範囲が広がると、精神的にも余裕が出てきます。吃音の健全な受け止め方を深めつつ、良きお話し習慣を身につけていかれますよう。

 人とのコミュニケーションをはかって楽しんでいきたいです。

Yさん(京都府在住 19歳 大学生 女性)

私は物心ついた頃から吃音に悩まされてきました。幼い頃、父の仕事でアメリカに渡ったのですが、小学生の途中で日本に帰国しました。激しくどもって自己紹介もままならなかった私を、みんなは私が日本語に慣れていなくて苦手なんだと思い違いしていました。そして小学4年生の時すぐまた転校しました。この頃から学校での国語の時間の朗読という、私にとって最も苦手な場面が出てきました。一段落ずつ読まされるのですが、最悪でした。

3年間の中学生活では良い思い出といえるものはありません。いじめにもあい、授業中教科書1ページ分など読まなければいけないときなど、辛かったです。読んでる途中の笑い声が未だに脳裏に残っています。

親にも相談しましたが、何回も音読して練習していきなさいと言うだけ。ついに不登校気味になって、初めて親が何か対策を探ってみると言ってくれました。

けれど、吃音改善をうたう教材の悪徳商法にひっかかったり、耳鼻科の言語外来にも通ったけど効果なし。耳鼻科の先生からは、個性だから気にしないようにといわれるだけでした。「こんな個性いらんしぃ。このまま一生治らないんだ、生きるのしんどい、しんどい・・・」こんなことばかり思っていました。

高校三年になると、心機一転しました。受験のための勉強や、甲子園出場が決まって、チアリーダーに熱中しました。受験対策の授業になり、一人ずつ読むということもなくなったので楽しく過ごせました。

めでたく大学に入学したのですが、ゼミなどで自己紹介しなくてはならないことが多かったので、またどもることが気になり始めました。

カフェレストランでパンの販売のレジでのバイトをしていましたが、お客さまに伝えなければならないことを伝えそびれてしまったり、「ありがとうございました」「○円のお返しです」などというフレーズもスムーズに言えなくて、担当の社員に「なぁ、はよゆえや!」と何度も言われたり、手で払いのけられたり、嫌味を言われたりで、精神的ストレスになりました。

その頃、何とかしなければの一心で、さわやかカウンセリングのサイトを見つけました。江田先生ご自身のことや体験談を読んで、吃音で悩んでいるのは自分だけではないと知りました。

実際の電話でのレッスンで、「治そうとするのではなく、良い習慣を身につけていこうとする事が大事」と何度も言われました。江田先生は電話のレッスンではあるけれども、息遣い、呼吸の仕方など、微妙なところまでもよく聴きとって指摘してくれます。

カフェレストランのバイトでの話すことの難しさを江田先生に相談したら、「現実を受け入れましょう。今の自分の力を知ることは大事です。バイトを辞めることは逃げることではありません」って言ってくださいました。私はそのバイトを辞め、今は話すストレスの軽いイベントコンパニオンをやっています。

日常生活での会話はまだまだ改善の余地がありますが、精神的には以前より楽になりました。

吃音は治らない病気や障害ではないとわかるとやる気がわいてきます。地道な習慣づくりが今の私に必要なことです。今(現在)の意味は後(未来)になってわかる日がくると思います。また、今やっていることは、必ず未来の良い結果につながっていくこともわかります。

吃音を与えられたお陰で、人に優しくできる、人の気持ちを考えられるようになったと思います。これからも人とのコミュニケーションをはかって、自分自身がその場で楽しんでいきたいです。自分が楽しいときは相手も楽しいでしょうから。

※ ひ と こ と :
Yさんは話し出す直前に息を瞬時出す癖がありました。それが日常会話での息継ぎを不安定にしていたことに気づいて、今は安定した息継ぎを実践しておられます。このような気づきと日々の実践は、話し方習慣の大きな変化をもたらすものです。
大学では社会福祉の分野の学びをなさっておられるとのこと。人々との関わりの中で良きコミュニケーションをはかってください。

 話し方をコントロールできる場面が着実に増えているのを感じます。

Wさん(埼玉県在住 23歳 大学院生 男性)

今振り返れば、私が初めて言葉の言いにくさを意識したのは小学校6年の時でした。先生にハサミを借りたときに「ありがとうございました。」が言いづらかったのを覚えていますが、その時はその程度であまり気にしていませんでした。

ひどくどもるようになったのは中学1年の9月頃だった思います。「先生!」と先生に何かを伝えようとしたとき、その後の言葉が出なかったのです。はっきりいってショックでした。今までそのようなことはなかったのですから。そのとき先生に「ん?」といったリアクションをされ、慌てふためいたのを覚えています。

それ以来、話すときに「この言葉はちゃんと言えるかな?」などと頭の中でシミュレートしてから話すくせがつき、言葉を意識しながら話をするようになりました。そして「これは言えないな。」と思う言葉は言い換えをするようになりました。しかし、言い換えれば言い換える程、私の心は傷ついていき、その事がまた更なる発語不安を引き起こすという悪循環に陥っていました。

今までどもりで辛かったのは、言いたい事が言えないために「お前、国語できないだろ?」とか「お前、学校の勉強は出来るのに(日常生活では)頭悪いよな。」とか言われた事です。こんな時には笑ってごまかすのですが内心、傷ついていました。またカラオケで電話でジュースを注文をするのが怖く、友達に電話してもらうときなど自分のことを非常に情けなく思いました。  

しかし、何よりも辛かった事があります。それはどもりはじめた12歳から23歳まで「どもり」という病気があることを知らなかった事です。この自分の症状はなんなのか、一生どもるのか、なぜ他の人たちはいとも簡単に話せるのだろう・・・、などとまるでゴールの見えない暗闇の迷路をさまよっているかのような11年間でした。本当に生きるのが嫌で死にたくなったことも何度かありました。

ひょんなことからネットで検索し、「さわやかカウンセリング」のホームページを発見したとき、私はこれに釘付けになってしまいました。なんとここのページには私と同じような境遇の人達がいるではありませんか!そして「どもり」という存在を知り、自分の症状が何であるのかが分かったとき、「ゴールの見えない暗闇の迷路」に光が差し込みゴールが見えてきたような気がしました。  

それまで私は発語不安を感じる事はいけないことだと思っていたのですが、江田先生の「発語不安は決していけない事ではありません。むしろ発語不安の中で言葉をコントロールできることが大事なのです。」という言葉を聞いて感銘しました。そしてこの先生になら全てを打ち明けられると思い、江田先生にお世話になろうと即決しました。

 同時に私の物事に対する意識もポジティブな方向へと変わりました。(というか変えました。)例えば、
   「言葉がどもり、憂鬱 ⇒ 少々どもってでも話せるだけ幸せ」
   「どもってるので正常者より劣る⇒正常者には体験できない吃音という世界を体験する事ができる」
   「コップに水が半分しか入ってない ⇒ コップに水が半分も入ってる」
   「雨でブルー ⇒ たまには雨もいいもんだ!」
  という感じです。

今は月1回ほどのペースでレッスンを受けています。まだまだ日常会話ではどもる場面もありますが、レッスンを通して、「話し方」に対する認識と「自分の話し方(スピード)」を再確認することにより、言葉をコントロールできる場面が着実に増えているのを感じます。
いつも「心地よい落ち着いた話し方」を意識していきたいと思います。

※ ひ と こ と :
不足していることを嘆くのではなく、今あるもの、出来ることを受け止めていく思考こそ、さわやかカウンセリングの大切な柱です。