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 吃音有名人 リスト

吃音を持っていながらも、芸能、政治、文学、科学・スポーツなどさまざまな分野で活躍した、あるいは現在活躍している国内外の有名人65人をリストアップしています。

彼らの吃音の症状は個々に異なっています。ある人は吃音がなくなり、ある人は軽くなっている、ある人は生涯、吃音が残ったままというようにさまざまですが、吃音に妨げられることなく才能を開花させ活躍していることは大きな励ましです。


        吃音の有名人についての本



国内 吃音有名人
 俳優、歌手、映画監督、アナウンサー、エンタテイナー 
小倉智昭(おぐらともあき) フリーアナウンサー、タレント、司会者、ラジオパーソナリティー。
秋野暢子(あきのようこ)  女優、タレント。
木の実ナナ(きのみナナ)  女優、歌手。
桂 文福(かつら ぶんぶく)落語家。
2代目 三遊亭 圓歌 (さんゆうてい えんか) 落語家。
3代目 三遊亭 圓歌 (さんゆうてい えんか) 落語家。
 小川 宏(おがわ ひろし) 元NHKアナウンサー・司会者・フリーアナウンサー。
田辺 一鶴(たなべ いっかく)講談師。
  作家・評論家・学者
井上ひさし(いのうえ ひさし)小説家、劇作家、放送作家。文化功労者、日本芸術院会員。
江崎 玲於奈 (えさき れおな)物理学者。ノーベル物理学賞受賞者。文化勲章受章者。
大江 健三郎 (おおえ けんざぶろう)小説家。川端康成に続く、日本で二番目のノーベル文学賞受賞者。平和運動活動家。
 扇谷 正造 (おうぎや しょうぞう) 評論家、編集者、ジャーナリスト。
 姜 尚中 (カン サンジュン) 政治学者。東京大学名誉教授。
 羽仁 進(はに すすむ) 映画監督。
村田 喜代子(むらた きよこ)小説家。梅光学院大学文学部客員教授。
中坊 公平(なかぼう こうへい)元弁護士。法学士。元日弁連会長。菊地寛賞受賞者。
 尾崎 士郎(おざき しろう) 小説家。
谷川徹三(たにがわ てつぞう)哲学者、法政大学総長。
小島 信夫(こじま のぶお)  小説家、評論家。
金 鶴泳(きん かくえい)  小説家。
重松 清(しげまつ きよし) 作家。
藤沢 周平(ふじさわ しゅうへい) 小説家。
 篠田 正浩(しのだ まさひろ) 映画監督。
間 直之助(はざま なおのすけ)ニホンザル研究家。
諏訪 哲史(すわ てつし) 小説家・随筆家、評論家。
  政治家・ビジネス
田中 角栄 (たなか かくえい) 政治家、建築士。衆議院議員、郵政大臣、大蔵大臣、通商産業大臣、内閣総理大臣を歴任。
梁瀬 次郎(やなせ じろう)  実業家。
 坪内 寿夫(つぼうち ひさお) 実業家。


海外 吃音有名人
 俳優・歌手・エンタテイナー
マリリン・モンロー(Marilyn Monroe) アメリカの女優、モデル。
エルヴィス・アーロン・プレスリー (Elvis Aron Presley) アメリカのミュージシャン、映画俳優。
リティク・ローシャン (Hrithik Roshan)  インドの俳優。
ブルース・ウィリス (Bruce Wilis)  ドイツ生まれのアメリカ人俳優。
スキャットマン・ジョン (Scatman John) アメリカのミュージシャン。
ジェームズ・アール・ジョーンズ (James Earl Jones) アメリカの俳優、声優。
エミリー・オリヴィア・レア・ブラント (Emily Olivia Leah Blunt) イギリスの女優。
サミュエル・L・ジャクソン (Samuel L.Jackson) アメリカの俳優。
B.B.キング (B.B.King) アメリカのブルースギタリスト、歌手、作曲家。
エド・シーラン (Edoward Christopher Sheeran) イギリスのシンガーソングライター
カーリー・サイモン (Carly Elisabeth Simon) アメリカのシンガーソングライター。
ジェームズ(ジミー)・ステュアート (James Maitland Stweart) アメリカの俳優。
アン・ウィルソン (Ann Wilson) アメリカのロックバンド「ハート」のリードボーカル。
ティム・ガン (Tim Gunn) アメリカのファッションコンサルタント、テレビパーソナリティ。
ウェイン・ブレイディ (Wayne Brady) アメリカの俳優・脚本家・コメディアン・ゲームショーの司会者。
ノエル・ギャラガー(Noel Gallagher) イギリスのロックバンド 「オアシス」(Oasis)のギター、ボーカル担当。
マーガレット・アン・”ペギー”・リプトン (Margaret Ann "Peggy" Lipton) アメリカの女優、モデル。
メル・ティリス (Mel Tillis) アメリカのカントリーシンガー、ソングライター、ギタリスト。
チャーリー・シーン(Charlie Sheen) アメリカの俳優。
ミシェル・ウィリアムズ(Michelle Williams) アメリカのシンガーソングライター、女優。
ビル・ウィザーズ(Bill Withers) アメリカのシンガーソングライター・歌手。
ジョン・リー・フッカー (John Lee Hooker) アメリカのブルース・シンガー、ギタリスト。
 スポーツ
エルドリック・タイガー・ウッズ (Eldrick Tiger Woods) アメリカのプロゴルファー。
ボブ・ラブ (Bob Love) アメリカのバスケットボール選手。
 作家・学者・ジャーナリスト
サマセット・モーム (Somerset Maugham) 1965年12月16日 イギリスの小説家、劇作家。
バイロン・ピッツ (Byron Pitts) アメリカのジャーナリスト、ニュース・キャスター、作家。
ルイス・キャロル (Lewis Carroll) イギリスの作家、詩人、数学者。
デイヴィッド・ミッチェル (David Mitchell) イギリスの小説家。
チャールズ・ロバート・ダーウィン (Charles Robert Darwin) イギリスの自然科学者・地質学者・生物学者。
アラン・マシスン・チューリング (Alan Mathieson Turing) イギリスの数学者、暗号解読者、コンピュータ科学者。
ジョン・ホイヤー・アップダイク (John Hoyer Updike) アメリカの作家・詩人。
 国王・政治家
ジョージ6世 (George VI) イギリス国王。
ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチル (Winston Leonard Spencer-Churchill)
イギリスの政治家、軍人、作家。
 ジョセフ・ロビネット “ジョー” バイデン・ジュニア (Joseph Robinette "Joe" Biden,Jr.)
オバマ元大統領就任時の副大統領。
 歴史上の人物
モーセ (Moses)
BC (紀元前)1500年頃 ― 古代イスラエルのユダヤ人指導者。
デモステネス (Demosthenes)
紀元前384年頃 ― 紀元前322年 古代ギリシャの政治家・弁論家。
イソップ (Aesop)
紀元前619年頃 ― 紀元前564年頃 古代ギリシャの寓話作家。


  国内 吃音 有名人 

 俳優・歌手・映画監督・エンタテイナー

■小倉智昭(おぐらともあき)
1947年5月25日 ―   フリーアナウンサー、タレント、司会者、ラジオパーソナリティー。
幼少期は秋田県秋田市で過ごす。父の転勤で小学3、4年は東京都新宿区の小学校に通う。彼は吃音で目が出ていたから「どもきん」とあだ名をつけられる。クラスで「マッチ売りの少女」の演劇があり、マッチを買う男の役になったものの「そのマッチはいくらですか」というセリフがどもって言えなかった。犬と河原を散歩しながら大きな声で話したり、歌を歌いながら吃音の出にくい声の出し方などを自分なりに探っていった。
東京都世田谷区の梅ヶ丘中学に進学し、陸上や演劇、生徒会の活動に積極的に加わるようになる。大学卒業後、競馬の実況アナウンサーとしてスタートするが、「カ行」の発語が苦手なため、「カ」のつく単語の前に意図的に修飾語句をつけてアナウンスしていたら、それが名実況として評価を得たという。
吃音者の自助グループで、吃音であってもここまで改善できることを、自らの経験を語り、励ましている。



■秋野暢子(あきのようこ)
1957年1月18日 ―   女優、タレント。
大阪府出身。TBSドラマ「赤い運命」で山口百恵と共演以降、映画、ドラマ、舞台、バラエティーなどで活躍。
幼稚園の頃、父親が負債を負い債権者に追われるようになり、小学4年生までには、ほとんど人と話さないようになった。赤面と吃音で出席のときに答える「はい」が言えず、いじめられっ子になる。
5年生の時、学芸会に出ることになり短いセリフを何とか言うことができた。そのことがきっかけで、普段は吃音が出るのに、舞台ではどもらないということを経験する。その後、担任の先生が演劇の道を勧めてくれ、演劇を学ぶ。



■木の実ナナ(きのみナナ)
1946年7月11日 ―   女優、歌手。
松竹映画「男はつらいよ」の撮影中、「お兄ちゃん」と呼びかけるセリフで詰まってしまった。疲れが溜まっていたせいか、最初の「お」がどうしても出ない。撮影を翌日に延ばしてもらったが、翌日もどうしても「お兄ちゃん」が言えなかったことを、自伝的エッセイ「下町のショーガール ナナの愛と喝采の日々」(木の実ナナ著 主婦と生活社刊)で記している。



■桂 文福(かつら ぶんぶく)
1953年3月31日 ― 落語家。
丸々とした体格で愛嬌のある人柄で、若手の頃から落語会で人気をとった。
文福の奥さんは会合の席で「主人はしゃべる仕事につきながら、吃音というハンディをもっています。ことばが詰まる、間を外すなどしたりしますが、持ち前の明るさで乗り越えてきました。」と述べている。



■2代目 三遊亭 圓歌 (さんゆうてい えんか)
1890年4月28日 ― 1964年8月25日 落語家。
3代目三遊亭 円歌の師匠。非常な努力の末、新潟訛りと吃音を克服する。日常の会話では吃音が出ていたが、高座に上がると流暢に話した。高座の最中にどもると扇子を強く床にたたいて調子をとっていた。



■3代目 三遊亭 圓歌 (さんゆうてい えんか)
1929年1月10日 ― 2017年4月23日 落語家。
国鉄山手線新大久保駅の駅員を務めたが、吃音のため「新大久保」の駅名が言えなかった。その後、2代目円歌の弟子入りをする。彼の落語「授業中」「浪曲社長」「月給日」には吃音者の登場人物が出てくるが、彼自身の吃音を重ねている。
近所に住んでいた幼なじみの小川宏(アナウンサー)がどもって話していたので、その真似をしていたら自分が吃音になってしまったという。



■小川 宏(おがわ ひろし)
1926年4月17日 ― 2016年11月29日 元NHKアナウンサー・司会者・フリーアナウンサー。
1955年よりNHKテレビ人気番組「ジャスチャー」の4代目司会者として10年間活躍する。NHK退職後、ワイドショー「小川宏ショー」の司会を17年間務める。番組での穏やかな話し方は多くの人々の支持を受ける。
3代目三遊亭円歌は小川の幼友達であり、「小川はどもって話していて、あれの吃音を真似しているうちに自分も吃音になってしまった」と三遊亭圓歌は話している。



■田辺 一鶴(たなべ いっかく)
1929年2月9日 ― 2009年12月22日 講談師。
顎と鼻の下に長く伸びた白いひげで、「ひげの先生」で知られる。吃音を治すために講談の世界に入ったと言う。吃音を治す研究をするために「どもり講談教室」を開く。講談師としての活動は、1964年に講談「東京オリンピック」ですべての参加国名を読み上げ、人気を博す。その他、独自の新作講談を演じる。



 作家・評論家・学者 


■井上ひさし
1934年11月17日 ― 2010年4月9日 小説家、劇作家、放送作家。文化功労者、日本芸術院会員。
幼少の頃、義父から虐待を受け、そのストレスから吃音になる。母は生活苦のために彼を宮城県仙台市の孤児院に預ける。大学卒業後、1960年より放送作家として活動し、国民的人気テレビ番組「ひょっこりひょうたん島」を手がける。吃音があってもそれに妨げられることなく、多くの講演活動を行う。



■江崎 玲於奈 (えさき れおな)
1925年3月12日 ―   物理学者。ノーベル物理学賞受賞者。文化勲章受章者。
1973年に日本人としては4人目になるノーベル物理学賞を受賞。受賞理由は、半導体内および超伝導体内におけるトンネル効果の実験的発見。
幼児期に吃音が出ているのを母親が心配したとの手記が残っている。学校生活でコミュニケーションができないことが苦痛で、自分の中に引きこもりがちだった。自分はあまり人と話さなくてもよいサイエンスの研究に適した人間だと子どものころから思っていたという。


■大江 健三郎 (おおえ けんざぶろう)
1935年1月31日 ― 小説家。川端康成に続く、日本で二番目のノーベル文学賞受賞者。平和運動活動家。
文学評論家の江藤淳さんが、大江健三郎との親交と彼のどもって話す様子を記している。
「『エッ、江藤、しっ、しっかりしろよ。エ、江藤、お前は堂々としているなあ。しっ、しっかりしろ。だ、だいじょうぶか。江藤。お、お前本当に堂々としているな』
 大江はほとんどひとりごとをいっているのであった。私が聴いているなしにはおかまいなく、吃りをまるだしにして、さすってくれながらそうつぶやいていた。これを聴くうちに、私の両の眼に熱いものがあふれてきた。そういえば、大江が「お前」と言ったのも私を「江藤」と呼び捨てにしたのも、このときがはじめてだったような気がする。大江がそれをまるでひとりごとのようにいっているのがよかった。私はその時、大江の優しさが私を包むのを感じた。」 -大江健三郎全作品2 付録 新潮社



■扇谷 正造 (おうぎや しょうぞう)
1913年3月28日 ― 1992年4月10日 評論家、編集者、ジャーナリスト。
1947年『週刊朝日』編集長に就任。発行部数を10万部から150万部に伸ばす。1953年には菊地寛賞を受賞。
中学のときよりどもり始める。早口を改め、ゆっくり話すことを心がけるようにする。取材や編集の現場での話のやりとり、またスピーチなど数多くの話す場を重ねるうちに、吃音が改善されていった。1970年代には政治家を招いての座談テレビ番組の司会を担当したこともある。



■姜 尚中 (カン サンジュン)
1950年8月12日 ―  政治学者。東京大学名誉教授。
専門は政治学、政治思想史。著書「悩む力」がベストセラーとなる。中学に入ったころから、吃音で母音が言えず、国語の朗読が一番苦手だった。彼は自分の過去の吃音経験をこう記している。
「このとき私は、自分がどんな存在として生まれてきたのかを詮索するようになっていたのです。しかしそうすると、自分の人生は重いものにならざるをえないように思えて、暗い気持ちになってしまいました。
 そして、『吃音』という状態に陥ってしまいました。母音で始まることばが出なくなり、朗読などをさせられると、立ち往生してしまい、途方に暮れてしまったのです。そのときの気分を、いまでもときどき思い出す事があります。ちょうど水に潜って、水面が上のほうに見えているような感じです。水面が見えているのにどうしても浮かび上がっていけず、息が苦しくてしかたがない、そんな息が詰まる感じです。」(文献1:38-39頁)

現在はテレビでの討論番組などに出演し、その柔らかで丁寧な語り口は、かつて吃音があったことなど全く感じさせない。



■羽仁 進(はに すすむ)
1928年10月10日 ― 映画監督。
祖母の羽仁もと子が創立した自由学園を1947年に卒業。記者生活を経て、1952年に監督デビュー。
1960年には長編劇映画『不良少年』を制作。ドキュメンタリーの手法をとり、プロの俳優は使わず、非行経験のある少年を起用して即興的に撮ったもので、その後のスタイルになった。この作品はキネマ旬報ペストテンに選ばれた。
アフリカ・オーストラリアなどで野生動物を撮り続け『動物に学ぶー生きる』などを制作。吃音をもちながらも各地での講演活動、執筆活動を続けている。



■村田 喜代子(むらた きよこ)
1945年4月12日 ― 小説家。梅光学院大学文学部客員教授。
1977年「水中の声」で第7回九州芸術祭文学賞最優秀作を受賞。これより本格的な執筆活動に入る。1987年「鍋の中」で第97回芥川賞を受賞。現在、泉鏡花文学賞、川端康成文学賞、紫式部文学賞選考委員を務める。
幼少の頃より吃音があり、小学校、中学校時代は名前が言えないなど、吃音で苦しむ。大人になっても吃音は残るが、吃音を受け止めながら活動している。



■中坊 公平(なかぼう こうへい)
1929年8月2日 ― 2013年5月3日 元弁護士。法学士。元日弁連会長。菊地寛賞受賞者。
森永ヒ素ミルク中毒事件や豊田商事の被害者救済のための弁護団長として尽力する。戦後日本を代表する弁護士であり、「平成の鬼平」とも名付けられた。
テレビの報道番組で法律、金融問題を解説し、弱い者の立場に立ち、不正に立ち向かう弁護士として広く知れ渡る。2002年、朝日建住の資産回収についての不正疑惑が発覚し、その責任をとる形で所属する大阪弁護士会に登録抹消届けと退会届けを出し、弁護士を廃業する。
彼の吃音に関わるエピソードとして、友人の結婚式のスピーチではひどくどもって座が白けてしまったり、口述試験では「弁護士なのに弁が立たない」と試験官にどもる話し方を笑われたという。



■尾崎 士郎(おざき しろう)
1898年2月5日 ― 1964年2月19日 小説家。
1933年より都新聞に「人生劇場」を連載し、大ベストセラーとなり、小説家として身を立てる。「人生劇場」は20年にわたり執筆し続ける大長編となり、たびたび映画化されている。
その他、多くの小説、著作がある。吃音を克服するために大声を出しているうちに軽くなったともいわれている。



■谷川徹三(たにがわ てつぞう)
1895年5月26日 ― 1989年9月27日 哲学者、法政大学総長。
愛知県生まれ。哲学での深い洞察を示す。宮沢賢治の研究においても活躍。人類主権の立場から、平和運動にも携わる。学生の頃から吃音に悩まされるが、年齢とともに軽くなり教鞭、講演をこなし、法政大学総長としての職責を果たす。



■小島 信夫(こじま のぶお)
1915年2月28日 ― 2006年10月26日 小説家、評論家。
高校で教壇に立ち、その後明治大学工学部助教授として英語を教える。以後1985年の定年まで大学に勤務する傍ら、多くの作品を著した。
小説「吃音学院」は初期の作品。そのあとがきによれば、彼は中学校の卒業式に出席しないで、大阪の吃音矯正所に行ったという。



■金 鶴泳(きん かくえい)
1938年9月14日 ― 1985年1月4日 小説家。
群馬県に生まれる。1966年に「凍える口」で文藝賞を受賞。以後、小説家としての本格的な歩みを始める。吃音者であることと在日朝鮮人であることの苦悩の中に、独自の世界を描いた作品を残す。
小説「凍える口」では吃音の主人公と在日朝鮮人という民族性の問題と重ね合わせている。吃音によって外部の世界と隔絶されていること、吃音との闘いが在日朝鮮人であることの当時の差別と重なって、重くのしかかっている。1985年、自ら命を絶つ。



■重松 清(しげまつ きよし)
1963年3月6日 ―  作家。
岡山県生まれ。東京で出版社に勤務した後、フリーライターとして独立。2000年に「ビタミンF]で直木賞受賞し、NHKでドラマ化される。
小説「青い鳥」では吃音の国語青年教師が生徒と誠実に関わる姿が描かれ、映画化された。また、「きよしこ」では吃音の少年の心情が描かれている。作者自身が吃音であったことから、細かな吃音描写、心理が伝わってくる作品である。



■藤沢 周平(ふじさわ しゅうへい)
1927年12月26日 ― 1977年1月26日 小説家。
山形県出身。江戸時代を舞台に、庶民や下級武士の時代小説を多く残した。架空の藩「海坂藩」を舞台にした作品の数々が有名。「蝉しぐれ」など、多くの作品が映画化、舞台で上演されている。11歳の子どものころ、吃音がひどかった。



■篠田 正浩(しのだ まさひろ)
1931年3月9日 ―  映画監督。
早稲田大学卒業後、松竹に入社。その後独立プロダクションを設立し、「心中天網島」(1969年)、「無頼漢」(1970年)など、多くの映画作品を出す。第14回日本アカデミー賞の作品賞・監督賞を受賞。小学生の頃、吃音だったという。



■間 直之助(はざま なおのすけ)
1899年 ― 1982年  ニホンザル研究家。
東京大学理学部で動物学を、京都大学文学部で哲学を専攻した後、間組(はざまぐみ)に入社。大手建設会社の社長を嗣ぐ立場にありながら、最後には日本モンキーセンターの終身研究員となりニホンザルの研究に専念し、「サルになった人間」と言われる。吃音があり、猿に関する著書、研究文書を多数残す。遠藤周作の小説「彼の生きかた」で、ある吃音の心優しい動物学者の半生が描かれているが、そのモデルとなったのが彼だといわれている。



■諏訪 哲史(すわ てつし)
1969年10月26日 ―  小説家・随筆家、評論家。
2007年に小説「アサッテの人」で群像新人文学賞と芥川賞を受賞する。この作品で語られる叔父の吃音描写が、作者自身の吃音経験と重ねられている。



 政治家・ビジネス 


■田中 角栄 (たなか かくえい)
1918年5月4日 ― 1993年12月16日 政治家、建築士。衆議院議員、郵政大臣、大蔵大臣、通商産業大臣、内閣総理大臣を歴任。
幼少年時代に父親が事業に失敗し、貧しい生活を余儀なくされる。吃音があり、浪花節を練習して矯正した。「私の履歴書」では、彼が2歳のときにジフテリアにかかったことで吃音になったと祖母から聞かされたとある。
小学時代、習字の時間に墨をひっくり返したと疑われ、「僕ではありません」と言おうとしたが、顔が真っ赤になるだけで何も言えなかった。この悔しさから、その年の学芸会で弁慶役をし、成功して自信を得た。小学校時代から勉学に優れ、級長をしていた。小学校の卒業式では総代として答辞を読んだ。政治家としての彼の浪花節調の演説は定評があった。



■梁瀬 次郎(やなせ じろう)
1916年6月28日 ― 2008年3月13日 実業家。
父親、梁瀬長太郎が設立した株式会社ヤナセの経営を引き継ぐ。ドイツの「ベンツ」など、自動車輸入の大手企業に発展させる。生まれつき病弱で、幼少時は吃音があり、父の長太郎氏より「できそこない」と決めつけられた。小学生の頃は、吃音のため朗読、発表はできず、悔しい思いをしたという。2004年には本田宗一郎や豊田栄二らに続く、日本人としては5人目の米国自動車殿堂入りを果たす。



■坪内 寿夫(つぼうち ひさお)
1914年9月4日 ― 1999年12月28日 実業家。
船舶、造船、ドック会社などの倒産の瀬戸際にある企業を数多く再建する。「再建王」「船舶王」「四国の大将」とも言われた。
若いときは吃音があり、人前での話はできなかったという。



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  海外 吃音 有名人(歴史上の人物を含む)


 俳優・歌手・エンタテイナー

■ マリリン・モンロー(Marilyn Monroe)
1926年6月1日 ー 1962年8月5日 アメリカの女優、モデル。
1950年代から1960年初年代で最も人気のあるセックスシンボルのひとりとして、ハリウッドで最も有名な女優。幼少期のほとんどを里親と孤児院で過ごすという、不幸な生い立ちであった。彼女特有の悩ましいセクシーな声は、幼少時の吃音による影響といわれている。幼児期にあった吃音は、しばらく消えたかに見えたが、高校に入ってからの2年間に再び吃音が出るようになる。この時は、スピーチセラピストが話し出す直前の適切な息継ぎを彼女に指導したので、上手く話せるようになった。しかし、彼女の晩年(35~36歳)になってまた吃音が目立つようになり、セリフを言うのが難しくなったことがあった。それは精神的不安からと薬物乱用の影響によると思われる。彼女は記者団の前で、ことばが変に詰まって出て来ないという自分の吃音の症状を話している。



■ エルヴィス・アーロン・プレスリー (Elvis Aron Presley)
1935年1月8日 ― 1977年8月16日 アメリカのミュージシャン、映画俳優。
ロックンロールの誕生と普及に大きく貢献し、キング・オブ・ロックンロールと称されている、20世紀を代表する人気アーティスト。
彼が吃音であったことはあまり知られていないが、彼の小学校の同級生によれば「ちょっと神経質で、そわそわしていて、よくどもって話していた」という。彼自身も1956年のインタビューで、「興奮するとどもることがあるね。“when” とか“where”などの“w”で始まることばや、“i”で始まることばは詰まることがある」と話している。実際、ステージでの曲の合間のトークでも詰まって、言い直して話し始めることがあったという。



■ リティク・ローシャン (Hrithik Roshan)
1974年1月10日 ―  インドの俳優。
日本ではあまり知られていないが、インドでは広く知られている人気俳優。フィルムフェア賞の最優秀男優賞など、数多くの最優秀男優賞を受賞している。インド、ムンバイ(ボンベイ)に生まれる。父は映画監督、母の父もプロデューサー、映画監督であることなど、恵まれた環境で育つ。
インドでの人気俳優として成功を収めている彼には、その栄光への過程でどうしても克服しなければならない障害があった。それは彼の6歳の時からの吃音であった。
2009年にテレビ番組で自分が吃音であることを話したとき、彼を知るインド全国の人々にとって衝撃であった。彼は自分の吃音についてこう語っている。「話そうとしても言葉が詰まって出て来ない。この経験は地獄です。」「子どもの時は良く笑われました。学校でいつ話さなければならないかという場面を予め予測していて、いつかその地獄の瞬間を通らなければならないという不安が朝から晩までありました。」「学校でスピーチテストというのがあったけど、そういう日は仮病をつかってずる休みをしていました。自分で腕を強く打って打撲させたり、足を捻挫(ねんざ)させたりしたこともありました。」
彼は俳優の道に進みたかったので、スピーチセラピーに通い続けながら、吃音という難題に全意志と忍耐力をもって挑戦した。彼が行った方法は、アルファベットをさまざまな言い方で言う練習、抑揚、リズム感などであった。現在の彼の習慣は、小説や雑誌など、読むものは何でもしっかり声を出して読んでいること。毎日1時間は自分で発声トレーニングをしていること。そして今もスピーチセラピーに通い続けて、吃音が逆戻りしないようにベストのコンディションで話せるように心がけていると語る。このような彼の自己開示は、吃音を持っている人々、特に青少年に多大な励みとなっている。



■ブルース・ウィリス (Bruce Wilis)
1955年3月19日 ー ドイツ生まれのアメリカ人俳優。
映画「ダイ・ハード」シリーズの主人公ジョン・マクレーン役でよく知られている。1972年、まだティーンエイジャ-であったとき、両親は別居していた。高校に入った頃から吃音が出るようになった。吃音のあだ名をつけられたりしたが、演劇の舞台では吃音が出ることはなかった。舞台ならばどもらないで話せることを見いだし、舞台での演技活動、演劇部での活動、また生徒会長もした。彼の並外れた努力、忍耐力は俳優としてのキャリアにも反映され、最も成功した俳優のひとりといわれている。



■スキャットマン・ジョン (Scatman John)
1942年3月13日 ― 1999年12月3日 アメリカのミュージシャン。
日本でも1995年「Scatman (Ski Ba Bop Ba Dom Bop)」などでブレイク。幼少期の頃から吃音が酷く、情緒面でも傷ついていた。12歳のときにピアノを習い、吃音の障害を越えて、音楽による表現の世界を持てるようになった。1996年のインタビューでは、「私はピアノを弾くことで、話をすることに代えることができた。吃音のために人と話をすることが怖かったけれど、ピアノで自分を表現することができるようになった。」と語っている。



■ ジェームズ・アール・ジョーンズ (James Earl Jones)
1931年1月17日 ― アメリカの俳優、声優。
映画「スター・ウォーズ・シリーズ」のダース・ベイダーの声として知られている。1969年トニー賞受賞。翌年アカデミー賞受賞。2011年アカデミー名誉賞を受賞。5歳のときから吃音をもち、高校に入るまで実質8年間は自分から話そうとはしなかったという。高校の先生が彼が詩を書いていることに気づき、毎日クラスで詩を読むことを勧め励ました。このことが彼に人前で話す自信を持つきっかけとなった。後にインタビューで、「私は全くと言っていいほど話せない吃音者だった。小学校のときから高校に入るときまで、黙りこっくった年月を過ごしていた。」と述懐している。



■ エミリー・オリヴィア・レア・ブラント (Emily Olivia Leah Blunt)
1983年2月23日 ― イギリスの女優。
2004年の『マイ・サマー・オブ・ラブ』でイヴニング・スタンダード英国映画賞新人賞を受賞。その他、ゴールデングローブ賞助演女優賞、英国アカデミー賞助演女優賞など、数々の受賞、ノミネートを受ける。
彼女の母親は元女優であったが、自分はことばが詰まるので演劇はできないと幼心に思っていた。年齢が上がるにつれ吃音は酷くなり、会話が成り立たない程になってしまう。両親は彼女にリラクゼーション指導を受けさせたが、上手くいかなかった。その頃、学校の先生が 学校の劇でやっているアクセントで話すように勧められたところ、別の自分という距離感が出て吃音が出なくなったという。



■ サミュエル・L・ジャクソン (Samuel L.Jackson)
1948年12月21日 ― アメリカの俳優。
大学で演技を学ぶ。1998年の映画『ジャッキー・ブラウン』でベルリン国際映画祭男優賞を受賞など、多数の映画で活躍する。2011年には史上最高の興行収入を達した俳優としてギネス記録に載る。
幼少の頃より吃音で、スピーチセラピストに診てもらったりしたが、吃音は残っているという。話すときより読むときに吃音が出やすく、今でもどもることがあるが、自分なりに上手くやっていると話している。



■ B.B.キング (B.B.King)
1925年9月16日 ― 2015年5月14日  アメリカのブルースギタリスト、歌手、作曲家。
2003年「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」で第3位。
幼少の頃から吃音だった。教会では賛美歌を会衆の前で歌っていたが、どもらずとても上手く歌うのに人々は驚いていたという。彼の吃音は生涯残っていた。
「私はいつも言葉と格闘していた。言いたい言葉が自分の内にあるのに出て来ない。喉が詰まって、心と口が戦っている感じだ。言葉は私の友達ではない。音楽、サウンド、リズムが私の友達。私は音楽で語るのだ。」と語っていた。



■ エド・シーラン (Edoward Christopher Sheeran)
1991年2月17日 ―  イギリスのシンガーソングライター。
2013年、映画『ホビット竜に奪われた王国』で彼の作曲の『I See Fire』が採用される。翌年発表されたアルバム「×マルティプライ」はイギリス・アメリカともにアルバム・チャートで1位を獲得。イギリス男性ベスト・ソロ・アーティストに選ばれる。
幼少の頃より吃音があり、「言いたいことがわかっていても、正しく言えないのが問題だった。数年間スピーチセラピストに通ったけれど、自分としては歌詞を諳(そら)んじて言うのが一番適していた。小さい時から音楽が好きだったけれど、特にラップミュージックにはすっかりのめり込んだね。」とインタビューで語っている。吃音があっても自分の活動が妨げられることはないと、他の若い吃音者を励ましている。



■ カーリー・サイモン (Carly Elisabeth Simon)
1945年6月25日 ―  アメリカのシンガーソングライター。
1970年代前半のシンガーソングライター・ブームの一翼を担う。1971年にソロデビュー、同年のグラミー賞最優秀新人賞を受賞。
映画「007私を愛したスパイ」の主題歌など、全米での多くのヒット曲、アルバムを出す。アカデミー歌曲賞受賞。
8歳の頃から吃音がひどくなる。精神科医が彼女の吃音の改善を試みるが、上手くいかなかった。彼女は歌うことと作曲に心を向けるようになる。「話すことは上手くいかないので、曲を作ることが私にとって自然で楽しかったの。歌を歌うときはどもることはありませんから。」と述べている。



■ ジェームズ(ジミー)・ステュアート (James Maitland Stweart)
1908年5月20日 ― 1997年7月2日  アメリカの俳優。
愛称はジミー(Jimmy Stewart)。誠実な人柄で、当時の平均的な中流階級のアメリカ人の役を多く演じた。AFI(アメリカン・フィルム・インスティテュート)の「アメリカ映画スターベスト100」企画では、男性スター部門の3位に選出。1984年にはアカデミー賞名誉賞を受賞した。
アメリカ吃音協会会長(President of the Stuttering Foundation)のジェーン・フレイザー氏は、「彼が吃音があるにもかかわらず、多くのすばらしい映画に出演したことは、世界中の吃音者、特に若い年齢の吃音の人々をどんなに励ましていることだろうか」と述べている。



■ アン・ウィルソン (Ann Wilson)
1950年6月19日 ―   アメリカのロックバンド「ハート」のリードボーカル。
1974年にロックバンド「ハート」を結成。歌手、ソングライター、ギタリスト、プロデューサーとして長年活躍し、世界的評価を受けている。しかし彼女が吃音であることはあまり世に知られていない。「小学校のときはあまり吃音は出てなかったけれど、高校に入ってから酷くなってきたの。私がことばが詰まったとき、ゆっくり話すようにと言われたけれど、ゆっくり話せと言われても言葉が出て来ないの。でも歌うように言うと上手く言えた。クラスの子達には馬鹿にされたわ。授業での朗読は悪夢だったわ。」と語る。
今までの音楽活動で3000万枚以上の売り上げを記録し、2013年にはロックの殿堂入りを果たす。



■ ティム・ガン (Tim Gunn)
1953年7月29日 ―  アメリカのファッションコンサルタント、テレビパーソナリティ。
正式な名前はティモシー・M・ガン(Timothy M Gunn)。アメリカのテレビ番組に数多く出演している。日本ではNHK教育テレビの『ティム・ガンのファッションチェック2』で知られている。番組では辛口のファッション批評と、どのような服がその人に合うのかをプロの目線で語るのだが、その彼は幼児期から吃音で苦しんでいた。
彼は2007年以降のインタビューでこう語っている。「私は吃音をかかえた問題児だった。反社会的で、学校は大嫌い。チームでやるスポーツは特に嫌い。仮病をよく使っていた。」「15歳までは酷い吃音のため人を避けるようになっていた。私の吃音を笑う学校の連中をネガティブに受け止めていた。人と上手くやっていける少年ではなかった。」「ひどい吃音のため、社会での行動範囲が狭められていた。学校の連中は、私の吃音をからかうために、わざと話させようとした。」
彼は集中スピーチセラピーに通い、その経験が吃音を克服するのに大きく役立ったという。「今でも疲れているときとか神経質になっているときなどに吃音が出ることがあります。別に気にはしていませんよ。」彼の率直なトークは、吃音に関する理解と光を人々に投げかけている。



■ ウェイン・ブレイディ (Wayne Brady)
1972年6月2日 ―  アメリカの俳優・脚本家・コメディアン・ゲームショーの司会者。
「幼少の頃から吃音で口をあけることさえ嫌だった。学校では吃音をからかわれたので完全に黙りこくるようになった。」と彼はCBSニュースのインタビューで話している。もともと演劇とコメディーに興味と隠れた才能があったので、吃音のいじめを見返そうと舞台に立つことを心に決める。程なく彼の志は実現し、16歳のとき劇場でパフォーマンスを始めるようになる。その後、アメリカ、イギリスのテレビ番組に出演するようになり、レギュラーになる。2003年には個人演出部門でのプライムタイム・エミー賞を受賞。彼が吃音経験者であることは、イギリス、アメリカの吃音を持つ人々の励みとなっている。



■ ノエル・ギャラガー(Noel Gallagher)
1967年5月29日 ー イギリスのロックバンド 「オアシス」(Oasis)のギター、ボーカル担当。
「オアシス」は1991年に結成されたイギリスの国民的ロックバンド。世界的にも人気があり、全世界でのCD売り上げは7000万枚を超す。(2009年時点)2009年に解散。その栄光の陰で、メンバーのノエル・ギャラガーが吃音であったことはあまり知られていない。ノエルと兄のポールは幼児期ともに吃音がひどく、小学校ではよくいじめられたという。アルコール中毒の父親は、彼らがどもって話すと殴りつけて虐待した。母が二人を吃音セラピーに4年間通わせてくれたので、吃音を克服できたとノエルは語っている。



■ マーガレット・アン・”ペギー”・リプトン (Margaret Ann "Peggy" Lipton)
1946年8月30日 ―  アメリカの女優、モデル。
日本ではテレビ番組『モッズ特捜隊』(1968年~1973年)に出演している。多数のテレビシリーズに出演しており、テレビ、映画、ステージで40年以上のキャリアがある。4回のゴールデングローブ賞のノミネートを受け、1971年にはゴールデングローブテレビドラマ最優秀女優賞を受けている。裕福なユダヤ人家庭で多才な両親のもと、恵まれた環境で育ったが、リプトンの自叙伝によれば、7歳頃から吃音が出始めたという。この頃、身内から性的虐待をうけたことが、吃音と関係していると記している。



■ メル・ティリス (Mel Tillis)
1932年8月8日 ―  アメリカのカントリーシンガー、ソングライター、ギタリスト。
カントリー&ウエスタンの好きな人であれば、誰でも知っているカントリーシンガーの大御所。1950年代後半から1980年代後半まで、長く活動を続けている。2007年にはカントリーミュージックの殿堂(the Country Music Hall of Fame)入りを果たす。2012年2月12日にカントリミュージックに貢献したとして、オバマ元アメリカ大統領から国際芸術賞を授与されている。吃音をもっており幼少期の自分を"吃音の少年"(Stutterin' Boy)といっている。吃音があったものの、エンターテイナーとして、またレコーディングアーティストとして支障なく活動を続けてきた。



■ チャーリー・シーン(Charlie Sheen)
1965年9月3日 ー アメリカの俳優。
父、おじ、兄が俳優、妹も女優をしている俳優一家として知られる。1984年から映画に出演し、『ウォール街』『ヤングガン』をはじめ、幾多の映画に出演し、CBSテレビドラマでの活動は広く名を広めている。ゴールデングローブ賞を受賞。
しかし俳優として成功し広く世に知れ渡る道程で、彼は自分の吃音という障害を克服していかなければならなかった。「小学校3年か4年の時だったと思うが、私は素行が悪かった。何か悪い仕打ちを受けると思ってパニック状態になりわめき散らしたことがあった。あの経験が引き金になって吃音がひどくなってしまったようだ。」「学校では答えがわかっていても、手を挙げて答えようとは絶対しなかったね。ただただ黙りこくっていた。」と語っている。
その後、高校に入り演劇に興味が出てきたものの、成績不良のため退学となり、父のしている演劇の道に入る。2011年のインタビューでは「人の話に耳を傾けることは忘れがちだが、私は吃音によってそれを学んだ。」と話している。何かと女性問題のスキャンダルで騒がす彼ではあるが、彼が吃音があったにも関わらず演劇の分野でプロとして活躍していることは、多くの吃音者の励みとなっている。



■ ミシェル・ウィリアムズ(Michelle Williams)
1980年7月23日 ー アメリカのシンガーソングライター、女優。
元女性トリオ・コーラスグループ「デスティニーズ・チャイルド」のメンバー。クリスチャンの家庭に生まれる。幼い頃から歌が好きで教会でゴスペルを歌っていた。2001年、『サバイバー(Survivor)』でトップチャートにランク。この曲は困難に遭っても決して挫けない、失望しないというメッセージがあり、自分の吃音の葛藤と重ねて見事に歌い上げている。
彼女にとって、吃音を克服すのは容易ではなかった。「新しいことばを覚えて言おうとすると吃音がよく出るの。頭には言葉が沢山あって、口がそれについていけなくなっちゃうのよ。」と語る。現在、ブロードウェイ・ショーやテレビ番組にも多く出演している。今も吃音があるというが、それにめげることなく歌と演劇に打ち込んでいる。



■ ビル・ウィザーズ(Bill Withers)
1938年7月4日 ー アメリカのシンガーソングライター・歌手。
幼少時に父を亡くし、母とおばの手で育てられる。幼い時より吃音が酷く、小学校では成績が振るわなかった。アメリカ海軍に服役。その後さまざまな仕事をする。1967年、彼が29歳の時に音楽の道に進むことを決める。1987年に9回目のグラミー賞をノミネートされる。(3回受賞)ゴールドディスクはアルバムが3枚、シングルが3枚を超える。
彼の歌手としての知名度は高いが、吃音者であるということはあまり知られていない。海軍服役時代に初めてスピーチ療法を受けるチャンスが与えられ、これによって吃音が改善され、話すこととともに自分への自信をつけることになったという。この自信が歌手の道を拓いていく。



■ ジョン・リー・フッカー (John Lee Hooker)
1917年8月22日 ― 2001年6月21日 アメリカのブルース・シンガー、ギタリスト。
50年以上に渡るキャリアの中で、独特のリズム感のブギ・スタイルを確立した。2011年、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」で35位。また「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」で81位。1984年には来日公演を行っている。1989年、グラミー賞最優秀トラディショナル・ブルース・レコーディング賞を受賞。1991年にはロックの殿堂入りを果たす。
幼少期より吃音を持つことにより、音楽が逃れ場となる。12歳の時に継父(ままちち)が彼にギターを教える。若いときのジョンを知る人々は、彼がどもって話していたことを一様に口にする。彼自身、1953年には自分の吃音をモチーフとした”吃音ブルース”というパロディ風の曲を作っている。年齢とともに吃音は軽くなっていった。吃音があっても面白くゆっくりと話す彼の話し方は、人々を和ませた。彼の伝記「ブギー男:アメリカの20世紀、ジョン・リー・フッカーの冒険」を書いたチャールズ・シャール・ムーレイ氏は、「吃音という弱点が実際は彼の成功の秘訣になっているように思う」と記している。



 スポーツ

■ エルドリック・タイガー・ウッズ (Eldrick Tiger Woods)
1975年12月30日 ―  アメリカのプロゴルファー。
2歳でゴルフをし始め、幼少時はゴルフの神童と言われる。歴代2位のメジャー選手権優勝14回、史上2人目のトリプルグランドスラム達成、生涯獲得賞金額は1億ドルを超え歴代1位。
「小さい頃から吃音だった。小学校に入るとスピーチのクラスあって発表したりすることがあったけれど、話すことはとても大変だった。特に短い答えを言う時が一番困った。答えが分かっていても、脳と口の間で単語がどこかに飛んでいってしまうという感じだった。でもなんとか学校は頑張った。よく犬が眠ってしまうまでずっと静かに話しかけていた。プロゴルファーになってからは、自分が吃音だからこそ人一倍頑張ろうと思ってきた。」とインタビューで語っている。



■ ボブ・ラブ (Bob Love)
1942年1月28日 ― アメリカのバスケットボール選手。
男子プロバスケットボールリーグNBAで活躍。シカゴ・ブルズでオールスター選手となる。エースとしてシカゴ・ブルズを長年支える。背番号『10』はシカゴ・ブルズの永久欠番となっている。
彼は幼少の時から吃音であったが、幼心に人々の前で堂々と話したいと願っていた。実際の彼は2つの単語を続けて言うことさえできなかった。酷い吃音を抱えながらも、シカゴ・ブルズNBAのスーパースターとなったが、自分の吃音のことはファンの前ではひた隠していた。
バスケット選手として華々しい記録を達成していったが、背中の故障のため選手を引退せざるを得なくなった。医者からはもう歩くことができなくなるだろうと宣告される。その後の彼の人生は不運が続く。重度の吃音、妻に見放されての離婚、経済的困窮・・・。その中で彼はスピーチセラピーを受けて、吃音を克服する。現在は全米屈指の講演家として全米でスピーチをして自分の経験を語っている。彼のドキュメンタリー「夢を見つけろ:ボブ・ラブ物語」では人生でどんな困難に遇おうと、目標にむかって失望しないで進み続けるよう励ましている。



 作家・学者・ジャーナリスト

■サマセット・モーム (Somerset Maugham)
1874年1月25日 ― 1965年12月16日 イギリスの小説家、劇作家。
母はフランスで41歳で肺結核で他界。その2年後に父が癌で他界し、10歳で孤児となる。その後、叔父のところに預けられる。学校に入る頃には吃音が出るようになり、彼の生涯に渡って吃音に悩まされた。吃音のために人から拒否されることもあり、彼の文学作品には人を皮肉ったところが随所に見られる。しかし、吃音のために作家としての仕事が妨げられるようなことはなかった。1930年代の作家としては一番の人気があり、高額な原稿料を得ていた。



■ バイロン・ピッツ (Byron Pitts)
1960年10月21日 ― アメリカのジャーナリスト、ニュース・キャスター、作家。
アメリカABCニュース、CBSニュースのキャスター、特派員を務める。ニュース&ドキュメンタリー・エミー賞受賞の他、ジャーナリズムに関する数多くの賞を受賞。2009年に自叙伝"Step out on Nothing"を著し、その中で自分の吃音についてこう記している。
「私は周囲の目には、何も言わない子、もごもごして簡単な言葉をはっきり言えない変わった子どもとして映っていたと思う。独房に入れられている囚人のような気持だった。学校の食堂で、レモネードを注文したかったが、ソーダとしか言えなかったので、不本意ながら欲しくないソーダを受け取ることになってしまった。悔しかった。吃音のために自尊心というものが育たなかったと思う。」
またCBSニュースのインタビューでは、「幼少期の私は吃音を持つ子どもが経験するだろう共通した問題をかかえていた。小学校時代からいじめられ、中学になると更に酷くなった。友達は多くはなかった。吃音の悩みで、自分の中で怒りがこみ上げ、社会との疎外感を味わった。」
彼はオハイオ・ウェスレアン大学に進学したが、そこのスピーチ・コミュニケーション学のエド・ロビンソン教授が彼を知って、吃音の改善を勧め試みた。数年間にわたって彼とスピーチトレーニングを続けた。この頃からジャーナリストの道を志すようになる。ラジオ番組の収録の機会があった時、吃音が全くでないまでに改善されていた。この経験がラジオ番組のホスト役として継続してやっていけるという自信に繋がった。当時の彼の意識した話し方の技法は、細かな息継ぎをしないで歌うような感じで単語をつなげていく感覚だったという。
ABCニュースの特派員になった時は吃音を克服していたが、ライブ番組で急に予期しない質問や事柄について言う時は言葉が詰まることがあった。その時は収録したビデオを見て、どのようにしたら上手く言葉を流せるかを研究したという。今でも言いにくくて避けるフレーズがあるという。
ニュースキャスター、特派員として活躍しているバイロン・ピッツの姿、また彼の吃音克服のストーリーは、多くの吃音者、特に若い人々に大きな励ましを与えている。



■ルイス・キャロル (Lewis Carroll)
1832年1月27日 ― 1898年1月14日 イギリスの作家、詩人、数学者。
作家としてのルイス・キャロルは「不思議の国のアリス」の著者として知られている。ルイスは生涯にわたって吃音であった。当時は人前で歌ったり詩を暗唱したりして人を楽しませることは良いことと捉えられていた。ルイスは内向的で吃音ではあったが、人を楽しませる性格の持ち主で、努めて話そうと努めていた。



■ デイヴィッド・ミッチェル (David Mitchell)
1969年1月12日 ―  イギリスの小説家。
親日家で日本人の妻を持つ。日本での生活は8年以上に及ぶ。2006年に発表された『Black Swan Green』では吃音の13歳の少年が1年間田舎で暮らす様子が描かれているが、それは彼自身の吃音体験と重ねられている。
「吃音だったから作家になったという訳ではありません。自分が吃音なので他の作家とは異なり、吃音の心理を深く描いた作品を掘り下げることができるのです。」と語っている。2007年にはタイム誌の「世界に最も影響を与えた100人」のひとりに選ばれている。



■ チャールズ・ロバート・ダーウィン (Charles Robert Darwin)
1809年2月12日 ― 1882年4月19日 イギリスの自然科学者・地質学者・生物学者。
1859年に出版された『種の起源』(The Origin of Species)で広く知られている、進化論の提唱者。彼が吃音であったこと、また彼のおじ(Erasmus Darwin)も吃音であったといわれている。



■ アラン・マシスン・チューリング (Alan Mathieson Turing)
1912年6月23日 ― 1954年6月7日 イギリスの数学者、暗号解読者、コンピュータ科学者。
第二次世界大戦ではナチスドイツ軍の暗号コードの解読に貢献した。戦後はコンピュータソフトウェアの開発に努め、現代コンピュータ科学の父といわれている。 2014年にはチューリングの生涯を描いた『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』が公開されている。この映画のチューリング役を演じた俳優ベネディクト・カンバーバッチは、「彼の幼少期は周囲にとても敏感だった。里親に預けられたという生育環境、そして人々の彼に対する扱い方などが吃音の引き金になっているのではないかと思う」と2015年のインタビューで述べている。
2012年には生誕100年を記念して、世界各地でチューリングの生涯とその功績を称えるイベントが行われた。



■ ジョン・ホイヤー・アップダイク (John Hoyer Updike)
1932年3月18日 ― 2009年1月27日 アメリカの作家・詩人。
ウサギを主人公とした『走れウサギ』などのウサギシリーズ4部作をはじめ、彼の著書はアメリカ内外の読者に人気がある。また日本でも数多く翻訳されている。全米図書賞、ピューリッツァー賞、全米評論家協会賞、ペン・フォークナー賞、オー・ヘンリー賞を受賞。
幼少の頃より吃音であった。「私の父は、私の頭には言おうとすることばが沢山ありすぎて、それらを一度に言おうとしているのだろうと思っていたようです。私にとって話すことは心地よいものではありませんでした。でも吃音であっても話すことをやめてしまおうとは思いませんでした。」「よくインタビューで『吃音だったから作家になったのでしょうか』と尋ねられるのですが、それはある面、本当です。私の母やおじは流れるようにきれいに話していました。今でもときどき吃音が出ることがありますが、以前よりは軽くなっています。」と語っている。生前、吃音をもつ人々には、吃音を受け入れ、別の見方をすることを勧めていた。



 国王・政治家

■ ジョージ6世 (George VI)
1895年12月14日 ― 1952年2月6日 イギリス国王。
今のイギリス女王(エリザベス2世)の父にあたる。幼少の頃から吃音であった。2010年のイギリス映画「英国王のスピーチ」では、ジョージ6世が吃音を持ちながらも国王としての職責を果たしていった様子や、どのように吃音の障害を克服していったかが克明に描かれている。



■ ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチル (Winston Leonard Spencer-Churchill)
1874年11月30日 ― 1965年1月24日 イギリスの政治家、軍人、作家。
1940年から1945年の間と、1951年から1955年の間、イギリス首相として職責を果たした。著名な政治家であり、名演説家としても広く知られている。イギリスでは現在でもチャーチルの人気は高く、2002年にBBCが行った「100名の最も偉大な英国人」の世論調査で1位に選ばれている。
今日の小学校・中学校の年齢のチャーチルは、成績は振るわず、素行も悪く、病弱であった。後のチャーチルの専属医師 ロード・モーガン の日記には、チャーチルの幼少期の吃音のことが記されている。またチャーチルの息子であるラドルフ・チャーチル卿も、父チャーチルの日常会話での舌っ足らずの軽い吃音を認めている。
バーモント大学コミュニケーション科学部のバーリー・ギター教授(彼自身も吃音を経験している)は「彼のスピーチの音声と映像をよく調べると、吃音で言葉が出ないということはないものの、上手く吃音をかわしているのがわかります」と語る。更に、「チャーチルの吃音は確かに認められます。けれど私たちが知らなければならない大切なことは、彼が事実上吃音を克服して、人々を鼓舞し励ます歴史に残る演説をしている事実です。吃音があることは全く恥ずべきことではないのです。」と語っている。



■ ジョセフ・ロビネット “ジョー” バイデン・ジュニア (Joseph Robinette "Joe" Biden,Jr.)
1942年11月20日 ―  オバマ元大統領就任時の副大統領。
アメリカ合衆国第47代副大統領を2009年から2017年まで務める。民主党バラク・オバマ氏が大統領になるとともに副大統領として就任する。彼の吃音は幼少期から20代まで顕著であった。「吃音を改善するために特に特別な療法を受けたことはないが、カトリックのシスターが、リズムや抑揚をつけて話すことを教えてくれた。自分で詩を朗読する練習を沢山した。」と語っている。政治家として長いキャリアをもつが、今も吃音を引きずっているという。「人生の目標に向かっているとき、吃音という障害があっても決してめげないように。吃音であることを受け止め、改善の努力をする忍耐力は、将来の人生の困難を克服する力につながっていることを知ってほしい。」「私の吃音は神からの贈りものだ。」と吃音者を励ましている。 



 歴史上の人物

■ モーセ (Moses)
BC (紀元前)1500年頃 ― 古代イスラエルのユダヤ人指導者。
古代エジプト、パロ王朝で奴隷として服していたユダヤ人を、現在のパレスチナへの民族移動(出エジプト)の指導者。モーセの「十戒」は人類の倫理規約とも言われる。
聖書にはモーセが吃音であったとは記されていないが、神がモーセをエジプトのパロ王に会いに行くように促したとき、このように言っている。
「モーセは主に申し上げた。『ああ主(神)よ。私はことばの人ではありません。以前からそうでしたし、あなたがしもべ(モーセ)に語られてからもそうです。私は口が重く、舌が重いのです。』」(出エジプト記 4章10節)
しかし聖書の別の箇所では、「モーセはエジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、ことばにもわざにも力がありました。」(使徒の働き 7章22節)とも記されている。
モーセが吃音であったということはあくまで推測の域であり、事実は明らかではない。モーセの兄アロンがモーセの代弁者として立てられ、彼に代わってパロ王や民衆の前で話した。



■ デモステネス (Demosthenes)
紀元前384年頃 ― 紀元前322年 古代ギリシャの政治家・弁論家。
吃音であったが、独りで大声を出す練習をしたり、口に小石を入れて発声練習をしたといわれている。
訥弁(とつべん)な人がデモステネスのような雄弁な人にあこがれる心理を、デモステネス・コンプレクスとも表現される。



■ イソップ (Aesop)
紀元前619年頃 ― 紀元前564年頃 古代ギリシャの寓話作家。
イソップ寓話の作者として知られている。奴隷だったと伝えられる。彼についての逸話で、「吃音のために話すことができなかった。ある日、木陰で眠り入っていると、夢の中で慈悲深い神が彼に話す才能を与えた。その後の彼の人生は寓話を語る語り手として各地を巡った」というのがあるが、実際に吃音であったかどうかは想像の域を超えない。




※各人物の吃音についての主な情報ソースは、その人物の著した書籍、評論書、Wikipedia(英語版、日本語版)、海外の人物についてはThe Stuttering Foundationやその他の資料です。一つではなく複数の資料の確実な裏付けがあるもののみ掲載しています。
※古代の歴史上の人物については、吃音であったことを推測できる資料の説明の範囲で掲載しています。
※人物は随時追加の予定です。