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吃音改善 体験談(50歳以上)(P.1) 自然な発語を心がけて、他

吃音矯正教材を買ったあとの、運命の出会い(写真はイメージです)

男性

Hさん(兵庫県在住 53歳 教員 男性)

やっぱり吃音って治らないのか、私がそう諦めかけた時運命の出会いがありました。それがこのさわやかカウンセリングとの出会いです。

私と吃音との付き合いは物心ついた時からです。私は保育園とか幼稚園とか行っていなかったので、小学校に入学して、多くの見知らぬ人達の中にいきなり入って、恐らくそこから始まったのだろうと想像しています。

小学校3年生の時の事を覚えています。担任の先生が家庭訪問で、両親に夏休み中、遠くで行われるけど、良い吃音治療のための学校があるので行かせてみないかと、学校を紹介してくれました。私の家は裕福でもなかったので、それも理由の一つですし、恐らく両親にしてみれば、この吃音は周囲には誰もいないので、時と共に治っていくものだという思いもあったのかも知れません。だからそのお話は断りました。
私がこの時のことを今でも覚えているのは、あとあとで吃音のために悔しい思いをするたびに、「あの時、親が頑張ってくれていたら、俺はこんな惨めな呪われたような人生を送らなくてもすんだのに…」と恨みがましく思うことが度々あるからです。本当はあの時、「俺が親にその教室に行かせてくれ、と泣いてでも頼んでいたら…」と思うべきなんでしょうけど…。

私は高校生の時に英語が好きで英語の教師になりたいと思いました。成績は良かったのですが、ある日母親から、英語の先生が「彼はどもるので英語の教員はならない方が良い」と言っていると聞かされました。「俺の吃音は俺がなりたいと思う夢まで奪い取るのか」ととても悔しい思いをしました。負けず嫌いな私は敢えてその道を進みました。20倍という難関だった教員採用試験に合格できたのも、私には幼少の頃からずっとコンプレックスがあって、だけどそのコンプレックスに負けてたまるか、という思いが私の性格を作り上げたからとも言えます。

私には勇気を与えてくれた人物がいます。それは田中角栄です。子どもの時に田中角栄についての本を読みました。田中角栄が吃音だったこと、彼は公園に行ったり、汽車に乗ると、いきなり演説を始めてスピーチ練習をした、そんな荒療治で克服してきたということを知りました。だから私は吃音は努力と意思で治る、田中角栄のような強い気持ちがあれば治る、と幼心に思っていました。

しかし大学生になっても改善されません。採用試験もあり、面接もあるので何とかしたい。そう思っていた時、一冊の本を買いました。そこで私は丹田呼吸法について勉強しました。また胃が荒れる時にどもりが出やすい、ということが書いてあったので、まじめにそんなことも実践をしました。面接の日も朝から丹田呼吸法を繰り返し、ベルトをぎゅっと締めて会場に入ったのを覚えています。幸いに詰まることはなく、採用され、今日に至っています。

教員になって一番困るのは生徒呼名の時です。教室内ではくだらない事を言いながら名前を言うのでごまかせるのですが、卒業式や入学式の時はそうはいきません。2週間以上前からつぶされそうになるプレッシャーと戦いながら、学校への行き帰り、車の中で生徒の名前を呼ぶイメージトレーニングを続けました。そうすると、手元に名簿がなくても、日が迫ってきた頃には生徒の名前が最初から最後まで出るようになります。そうして当日の呼名の時には、ひたすら生徒の顔だけを見る、周囲を見ない、できるだけ生徒一人ひとりに対する思いをこめながら(逆に言うと吃音のことが脳裏によぎらないように)心を込めて名前を呼ぶのです。そうすると大体大きな失敗はなく式を終えることができました。

そういう私も特にここ10年近く、更に吃音意識が強くなってきました。それは年とともに立場が変わってきて、儀式等において、生徒の名前ではなく他人の名前(例えば来賓の名前)を呼ぶ立場になってきてからです。そうすると、生徒の名前を呼ぶのと違い、ひたすらに「失礼のないように、失礼のないように」という思いでその場に臨むので、尚更に発語不安が強くなり、失敗が増えるのです。

私がそんな立場になった一番最初の時の事は今でも鮮明に覚えています。通販で新たに購入した「吃音ベルト」をしっかりと締め、これで俺は大丈夫、と何度も言い聞かせ、それで儀式に臨んだのですが、大失敗に終わりました。学校だけでなく、地域全体も自分のことを笑っているようで、しばらくの間は落ち込んでいました。

それ以来、特に儀式はトラウマになって、今まで経験をしたことのない予期不安に潰されそうになりながらその場に立ち、そこで打ちのめされてしばらく落ち込む、そんな繰り返しです。何よりもせっかくの子どもたちの記念すべき日を自分が台無しにしているようで、ただただ申し訳ない、そういう気持ちも強くあります。そしてそう思えば思う程、悪循環という感じです。

昨年は思い切って吃音矯正教材にも手をつけました。どもることのメカニズムの学習から入り、どもり意識をいかに忘れさせるかメンタルトレーニングをする、一言で言うとそんなプログラムだったと思います。真面目に実践し、ある儀式に臨みましたが、再び大失敗。参加していた子ども達からも笑われる始末でした。 失敗する度に別の矯正教材にと手をつけ、昨年度だけで3つの矯正教材に多額の資金を投入しましたが、うまくいかないことが続きました。

もういよいよ薬に手をつけようか、精神科に通おうか、とそんなことを思っていたとき、たまたま「吃音 カウンセリング」というキーワードでインターネットを見ていたら、この「さわやかカウンセリング」が目に留まりました。電話でのカウンセリングという手軽感と、これまでの矯正教材と違って、きちんと先生がいて生きたアドバイスをその場でいただけるということが決め手になり、試してみることにしました。

私の場合は週に1回ペースでレッスンをさせていただいています。レッスンの時は全然どもり意識が出ません。やはり「ここではどもってもいいんだ」と思う安心感があるからだと思います。電話で江田先生の柔かい出だしを聞いていると、だんだんペースがつかめてきます。このようなペースメーカーがいるということは通信教育には決してないメリットだと思います。腹式呼吸については日常ではなかなか意識して生活するということはできませんが、せめてもと、レッスンのない日も腹式呼吸と50音の口の体操だけは毎日するようにしています。

私が心がけているのは「ゆっくり、のばす、つなげる」ということです。これも日常生活の何気ない会話で意識して実践するということは、忙しくて容易ではありませんが、人前で挨拶をしたりすることが多い立場なので、その時にはこのキーワードを呪文のように唱えながら実践するように心がけています。するとやはり、人前でのスピーチの際、気持ちにゆとりが出てきたように思います。

毎年訪れてくる儀式のシーズンも控えています。生徒たちとともに、私も笑顔でトラウマから卒業できました、と報告ができることを期待しています。

※ ひ と こ と :
教員としてのHさんは入学式、卒業式、スポーツや英語のスピーチコンテストなど、さまざまな式典で話す場面がおありです。厳かな場ですので正確に印象良く話すことが求められます。レッスンを始めて5ヶ月ですが、教育の現場でレッスンでの安定感が反映されていることは嬉しい限りです。

どもり意識からの卒業を目指して(写真はイメージです)

男性

Nさん(京都府在住 56歳 会社員 男性)

小学校低学年の頃のことです。国語の時間に本読みが始まると心臓がどきどきするのです。自分の前の子が読み終わると、どきどきは最高潮に。ついに私の番になって続きを読み始めようとするのですが、その第一音がのどが閉まって出ません。のどが閉まっているので息が出来ない。当然言葉が出ない訳です。私はその頃からこのような吃音でした。

中学生になって、どもり矯正の自宅療法ができるという本を買いました。これを買うためには、郵便局から現金書留で現金を送らなければいけません。郵便局で“現金書留ください”の「げ」が言えるはずもありません。母親に何とか説明して、現金書留用紙を用意してもらってその本を買い求め、熱心に読み実行しました。
そこに書かれてあった丹田(たんでん)呼吸法は効果がありましたが、吃音の完治には至りませんでした。言いづらい言葉は時間をかければ何とか言えましたが、長く間(ま)が空くので、変に思われたことと思います。また、スラスラとしゃべれる言葉と、のどがつかえて詰まってしまう言葉とがあります。詰まったときは咄嗟(とっさ)に言いやすい言葉に言い換える、“言い換え”をしてきました。小学生の時から40年以上そうやってきました。

最近、自分だけが意識するこの不自由な状態を脱して、もっと自由に自然に発語出来る自分になろうと思いました。人と対応したときに吃音が出るので、矯正方法は人と関係しながら行うカウンセリングが良いと思いました。
そしてネットでいろいろ調べていると、江田先生の「さわやかカウンセリング」を見つけました。

1回70分のカウンセリングでは、構えることなく自分をさらけ出すようにしています。初めて2ヶ月弱ですが、その効果の程はと言いますと、これまで出来なかった細かな内容の会話や会議でのさまざまな発言が意識せずに多くできるようになりました。

自由な自然な発語は、人との接点があることで成り立ちます。その意味で電話を通しての対人によるカウンセリングは早くて確実です。泳ぎの練習を布団の上でやるのと、スイミングスクールのプールでやるのとどちらが確実で早いか、ということと同じです。
毎回のレッスンの度ごとに新しい発見があります。

※ ひ と こ と:
Nさんはご自分の話し方の改善のためにさまざまな努力、勉強をなさってこられました。東京の矯正所の通信教育を受けたり、大阪のスピーチクリニックに通ったり、多くの書籍を調べたりと、この体験談に書かれていないことをレッスンで伺っています。私以上に知識、考察が豊富です。知識だけで終わることなく、これからも良き実践を重ねてください。

レッスンでの発語イメージを大切にし、日々頑張っている私です。(写真はイメージです)

主婦

Nさん(神奈川県在住 52歳 会社員 主婦)

結婚して初めて県外に出てからのことです。人と話していると、言葉が出てこないことがある様になりました。私は言葉の伝え方が下手で、慣れない土地での悩みもあり、さりとて相談する人もなく、ストレスが溜る一方でした。

ある時私の話したことに対し、「何を言っているのかわからない」と指摘されてから、話す時に緊張するようになりました。そして、もともと英語が苦手な私。英語に対しても、「こんなのも分からないの?」と言われてから、自分の話し方を段々と意識するようになっていきました。余計意識してしまい言葉に対し、プレッシャーになってしまった私です。
今になって思えば、ストレスの素を誰かに吐き出していれば少しは苦しみが軽くなっていただろうにと思います。そして、ストレスの素に対し勉強する努力もなかったのです。

そのうち、意識しながら人と話していると、喋りづらい言葉が増えていきました。急に声が出なくなることがありました。頭では言いたい言葉があるのですが、それが口から出てこないのです。そういう時は話が途切れないようにするため、違う言葉に置き換えて話しました。自分でごまかしているのです。たぶん経験した人でなければこのような事を言ってもこの気持ちはお分かりにならないと思います。
このように話し方を意識すればするほど、余計、言葉が出てこなくなってしまいました。

だんだん追い詰められ、どうしようもない気持ちになり落ち込みました。自分で自分を情けないと思いました。思い切って今まで自分の心の奥底にずっとしまいこんでいた悩みを家族に話したところ、少し気持ちが楽になりました。

更に自分でパソコンで調べてみました。しかし、目に入るのは高額な診療費のものや、これで治りますという矯正教材販売など・・・どうも私には合わないものばかりで、本当に大丈夫なのかしらと思っていましたら、このホームページが私の目に留まりました。

見つけました!これで私は頑張ってみようと思い、藁(わら)をもすがる気持ちで電話を掛けました。先生とお話していると心が安らぎました。私と同じ経験をなさっていらっしゃるからでした。先生の言葉は私の心に響きました。

レッスンではいろいろなアドバイスをいただいています。喋りずらい言葉に対し、言えるかどうかのさぐりを入れるのは良くないこと。失敗しても大丈夫、すべてが経験となること。安定した発語イメージを心の中に意識づけておくこと。言い換えは卒業した方が良いことなどです。

先生が「人前で話をする機会を積極的に設けてください」とおっしゃるので、今は人前で話をするスピーチクラブに入会し頑張っています。時折言いにくく感じることがありますが、以前と違いレッスンでの発語イメージを大切にし、日々頑張っている私です。

※ ひ と こ と:
Nさんは柔らかなとても聞きやすい話し方で話されます。ですから話すことで悩んでおられることなど、誰もが全く想像できないことでしょう。しかし、周囲の人が全く気づかなくても、本人だけが深く悩むのが詰まる感覚です。
スピーチクラブで話す経験を重ねていくのはとても良い事だと思います。これからの人生の後半は話すことを楽んでいただきたいです。

還暦を迎え、話し方をふり返り、今、心掛けていること(写真はイメージです)

主婦

Mさん(東京都在住 60歳 女性)

私は吃音とじっくり向き合うことなく、還暦を迎えてしまった。どもる感覚とは小学校高学年頃からのつきあいとなる。ご多分にもれず小中高と授業中先生から指名され音読するのが苦痛であった。日直の係の時は「起立、礼、着席」と上手く言えず、周囲からの異様なまなざしを感じたのである。

大学に入ってからはその様などもることの苦痛から大分解放された。教員養成大学ではなかったが、在学中取得できる資格は得ておこうという考えから、余り不安もなく教育実習を2回経験した。就職に際しては学校の先生になることは初めから選択肢はなかった。

会社の面接では不安もさしてなく採用が決まったのだが、仕事では20人から100人前後の人前で話すことが多く、ローテーションで担当が回ってきた。仕事を拒否することは出来ず、「やるしかない」という思いで30数年経ってしまったのである。もちろん平穏に過ぎたわけではない。

電話が鳴ると「誰かがでてくれないかなー」としばしば思うことがあった。なかなか所属部署、名前がでてこなく受話口から笑い声が聞こえてきたこともあった。これは生なましい記憶として今も残っている。

でも今振り返ってみると、仕事が私を鍛えてくれたと実感している。仕事上、大勢の前で話さざるを得なかったことがよかったのかと思う。
仕事、家事、子育てと忙しい日々を過ごし、還暦を迎えた時、「あー私は吃音と正面から向き合ってこなかった。これからは向き合ってみよう。」という思いになったのである。

自ら吃音者の自助グループに参加してみると、自分のことしか知らない私にとって、吃音の軽い人、重い人(この表現が適切かどうか分らないが・・・)がいるのにショックを受けた。歯科医師の資格がありながらどもる故にバイト生活をしている若者、就職試験の面接で苦労している学生・・・。高校生が両親と自助グループに参加しているのをみて、あ~私は親には自分のことを何も言わずにやってきたんだなぁ~と改めて思った。そこで多くの苦労している方々を知り、吃音って一体何なんだろう?と改めて考えるようになった。

この様なときインターネットで「さわやかカウンセリング」に出会ったのである。

カンセリングを受けたからといって、半世紀近くにわたって私の体にしみこんだどもる感覚が直ちに無くなるものではないことは判っている。レッスンを受けている間「構えなくていいのですよ」と指導されても反射的に身構えてしまうのである。でも先生の指導される通りに「つなげる」言い方をするとスムーズに発語できることも体験している。

仕事を退職してどもることにに悩んだり、困難な場面に遭遇することは少なくなったが、今の日常生活では電話のやりとり、会合での司会、近隣の人との挨拶、NPOのボランティア活動、趣味、遊びの仲間との関わりなど、私なりに話すことの世界を持っている。誘われるまま演劇も始めてしまった。舞台で演じるなんて私の人生で考えられないことなのである。

これからも今まで生きてきたように吃音から逃げることなく、避けることなく、電話でのレッスンを利用しながら、ことばによる自己表現力を更に身につけることを心がけていきたいと考えている。

※ ひ と こ と:
還暦を迎え、自分のために時間を使えるようになったMさんがチャレンジしておられることは、ことばによる自己表現力を高めていくことです。
演劇で舞台に立つこと、ボランティア活動で人前で話をすることなど、話すことの場面を積極的に持っておられることはとても良いことです。
人生これからです。自分で自分の背中を軽く押すような気持ちでチャレンジして、話すことの世界を広げ続けてください。

先生のカウンセリングを受けていることが大変、自信となっています。(写真はイメージです)

中年者

私は56歳になる中年の者です。昨年の引越しをきっかけに、「さわやかカウンセリング」を受ける機会を得られたことを大変嬉しく思います。

今までずっと心の片隅につかえるものがあり、気分的にすぐれない日々を暮らしてきましたが、なにげなくインターネットで検索した所、同じ悩みをもつ方がこんなに沢山おられ、又悩んでいるのかと思い、さっそく連絡をとりました。レッスンを受けて10ヶ月になろうとしています。
先生と同じ年齢ということもあり、大変親しみを感じながら楽しくカウンセリングを受けております。

私自身、小学校に上がる前に吃音になり、現在まで何かにつけ話す事に苦痛を感じ、自分なりに本を買ったり、言葉の治療を行いましたが、うまくいかず、はがゆい思いをしてきました。

そんな矢先、先生のカウンセリングのことを知り、電話でのレッスンで今までの過去を話したところ、どもる感覚は体に染み込んでおり、それを矯正しようとするよりも、現在の自分をしっかりと受け止め、相手に分かりやすい話し方、安定した聞きやすい話し方を育てていく姿勢を持っていくほうが良いとの事で、レッスンを受け続けた結果、現在日常生活に於いて心に余裕を持ちながら、気持ちの切り替えができる様になりました。

仕事で、人前で話す機会が多くなっていますが、先生のカウンセリングを受けていることが大変、自信となっています。これからも、さらに仕事にスポーツに頑張っていきたいと思います。

※ ひ と こ と:
どもる意識を否定しないでそれをそのまま受け止めつつ、安定感覚を意識して育てていく・・・この姿勢が大切です。
お話しを伺うと、桜島を眺めながらのハーフマラソンに挑戦しておられるとのこと。これからも仕事にスポーツに励んでください。

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