ホーム  体験談 > 吃音矯正所に通った経験

吃音の矯正| 体験談(50歳以上)(P.2) いろいろ矯正所に通いましたが・・・、他


「吃音を矯正しようとする今までの捉え方が変わりました。」
Yさん(佐賀県在住 52歳 会社経営 男性)
「吃音の矯正のために矯正所には何度か通ったものの・・・」
Tさん(大分県在住 55歳 会社経営 男性)
「矯正しようとする焦りがなくなりました。」
Kさん(愛媛県在住 51歳 会社員・主婦)


 このページでは、吃音矯正のために矯正所に通われた方々の体験が記されています。

一般に吃音矯正について下記のような施設が挙げられます。

言語聴覚士による診断・矯正
脳疾患、その他、体の外傷に起因する吃音(獲得性吃音)の矯正に適しています。発語神経を修復する話すためのリハビリ的な矯正トレーニングです。

心療内科・精神科・神経内科での治療・矯正
過度なストレスにより吃音がひどくなっている場合、緊張をほぐすための精神安定剤などの服用の処置を行います。吃音の治療・矯正というより、緊張・不安の緩和対策です。

民間の吃音矯正所での矯正トレーニング
吃音矯正所で行われている対症療法では、基本的には腹式呼吸をはじめ、発声練習をしていますが、具体的な内容は各矯正所で異なります。私(江田)自身も小学生の時、そして高校生の時とそれぞれ1年間、東京都内にある吃音矯正所(今はなくなりましたが、名称は「東京スピーチクリニック」)に通いました。

「さわやかカウンセリング」では脳疾患や体の外傷によって生じた吃音(獲得性吃音)は別として、吃音は治療・矯正するというより、あくまで“良い発語感覚を育てて改善していくもの“という捉え方をしています。




 吃音を矯正しようとする今までの捉え方が変わりました。

Yさん(佐賀県在住 52歳 会社経営 男性)

小学校2年生ぐらいから言葉が引っかかるようになったと思います。それからもう45年ぐらいの長いつきあいです。今まで「自分がどもらなかったら」とか、「何とかしてどもりを直そう、矯正しよう」と何度思ったことでしょう。今まで吃音の矯正所へも二度ほど行きましたが、いつのまにか元に戻っていました。そして近年は、日常生活や仕事でもそんなに困るようなことはないし、もうこのままでいいと思うようになっていました。

  

そんな時「さわやかカウンセリング」のHPに出会いました。そこに書かれていることを読んでいるうちに、「吃音が治る(矯正される)ということは、話し方をコントロールできるようになること」というようなことが書かれていて、今まで自分が持っていた矯正しようという捉え方が変わり、これならまだ自分にもできるかもしれないと思いレッスンに挑戦いたしました。

レッスンを重ねていく中で、これまでの自分と違うものを感じていますし、何かしら手ごたえを感じています。

「話し方をコントロールできるようになる」ということを頭で理解するだけではだめで、習慣づける。今は「吃音を矯正するのではなく、話し方習慣を変えることなのだ」と思うようにしています。

今までの長い習慣を変えることは容易ではありませんが、今度こそは、安定した話し方にもっていけるのではと信じています。

※ ひ と こ と :
45年の長きに渡って詰まり感覚とつき合ってこられたIさんですが、日常生活や仕事では話すことにさほど困ることはないものの、会合でのスピーチなどでより確実なお話しを願ってのレッスン受講です。
「吃音を矯正しようとするのではなく、良き話し方習慣を身につけていくもの」という認識は「さわやかカウンセリング」のエッセンスです。




 吃音の矯正のために矯正所には何度か通ったものの・・・

Tさん(大分県在住 55歳 会社経営 男性)

私は福岡生まれの55歳です。小学校入学3ヶ月くらい前に現住所の大分市に移ってきました。小学校入学時の不安な気持ちを今でも思い出します。

ことばが引っかかるきっかけとして、小学校4、5年の社会科の授業で大分県内の地域の暗記の発表のときに、最初はうまく言っていたのが途中から突然、玖珠郡(くすぐん)という言葉が出なくなったことを記憶しています。後が言えずにその場は暗記していないということで終わりました。

どもりであるがための経験も、語り尽くせないほどあります。国語の音読の順番待ち、駅での切符買い、レストランでの注文、自己紹介、電話をかけることなど自分の名前が言えないのだからとんでもないこと・・・等々きりがありません。

中学生のときに、福岡の吃音矯正所に行った憶えがありますが、全然効果がありませんでした。それから40代のときに、東京の矯正所にも4、5回行きました。その矯正所では腹式呼吸の指導を受けました。これにより呼吸の重心の位置が胸から腹に下がり、体の調子が良くなったように思いました。しかし吃音が改善(矯正)されるというまでには至りませんでし。森田療法の本も少し読みました。

父が小さな建設会社を営んでいたので、工業高校に行きました。高校3年生のとき父が胃癌で亡くなりました。卒業してすぐに入社して働いていましたが、2、3年後倒産しました。そしてすぐに今の会社を共同経営で始めて、平成11年に社長に就任して現在に至っています。

話すことが辛くて何度も会社を辞めようと思いました。私の最大の敵は発語予期不安でした。発語予期不安がなければ上手に話せると思っていました。しかし、取り除こうとすればするほどそれは強くなります。どもらない方法はないかと、何かにつけて思っている日々でした。

「さわやかカウンセリング」のレッスンを始めての4年と半年の間でさまざまなことを学びました。
それらの中で、感情は意のままにならず、発語予期不安があっても今、自分がやらなければならないことをためらわずにやっていくことを学びました。今、自分がやらなければならないことは、適切な「息継ぎ」「伸ばす」「つなげる」を習慣化していくことと思っています。習慣化しないと、発語予期不安に負けてしまいそうです。会社の経営も話し方の改善と同様で、今やらなければならないことをためらわずにやっていくことです。

私の吃音との長い旅は45年も続いていますが、改善の意欲がある限り続きます。希望の光は見えていますので、あせらずに進みます。大勢の人々の前でスピーチをすることを目標に励んでいきます。

※江田よりのコメント:
この仕事をさせていただいて嬉しいことは、私の吃音体験がこのような形で皆様のお役に立っていること、そして多くの方々との出会いです。体験者でなければわからない心の接点を持ちながら、実際的に話し方を高めていくことを共有できることは大きな喜びです。




 矯正しようとする焦りがなくなりました。

Kさん(愛媛県在住 51歳 会社員・主婦)

私が吃音を意識しだしたのは、小学校の3年生位だったと思います。もともと恥ずかしがりやでおとなしく人前が苦手で、今思うとプライドが高く失敗を恐れていたように思います。
小学校での楽しい記憶はなく、親も私の吃音に気付いていたと思いますが、その内治るだろうと思っていた様です。

しかしそのような状態で中学生になり、辛さは倍増していきました。本当に情けない自分に腹が立ち、本を読んだり決まった言葉を言う以外は、何とか言い換えなどで切り抜けていました。音読した記憶はありません。最初の言葉がでないのです。学校生活が嫌いになり、楽しくないことは悲しいことです。
中学2年の夏休みに、先生の紹介で吃音の矯正所へ行きました。矯正所ではみんな一緒なので、安心して音読もできました。しかし矯正所から日常生活に戻るとどもるという状態なので、進学したい高校も諦め、仕事をしながら定時制に通う事にしました。

実際に仕事をしてみると、学校よりも仕事をすることが、吃音を意識する者にとってどんなに大変か思い知らされました。学校は逃げることができても仕事からは逃げれません。逃げることは辞める事を覚悟しないといけないと言うものの、やっぱりダメだと辞めた事もありました。なるべく話さなくていい別の仕事を選んで、一生懸命働きました。

職場では吃音で自分に出来ない事がある分、出来ることは真面目にやらねばという気持ちでした。
店舗での商品を出す仕事をして6年位経った頃、レジへはどうかと言う話が出ました。当然私は断りました。とんでもない、できない・・・何回か断ったのですがあまりにも熱心に勧められるので、自分の吃音の事を話しました。店内放送は出来ないけど良いかどうかと聞きました。内心、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」も言えるかどうか不安でした。

良い事、嫌な事いろいろありながら、このまま過ごしていくのだろうと思っていたら、何と今度は事務所に変わる事になったのです。これはどうにも出来ません、辞めようと思い、覚悟もしました。退職願も書きました。一番苦手な電話応対は避けられません。10日間は日常生活も差し支える位悩んで死んでいる状態でした。

そんな中、2日間あった休みの日に考えました。「そうだよね、辞めてもいい。辞めてもいいけど、あとで絶対後悔だけはしない様に自分で出来る事は何でもやろう。」

どもらない方法な何かないか、矯正するところはないかと「吃音矯正」や「吃音克服」などで検索しました。いろいろ見ましたが、「さわやかカウンセリング」のHPの皆さんの体験談を読んで共感しました。私の言いたかった事、聞いてほしい事、今まで周りの人には理解してもらえないと思うことが全部載っている・・・私もカウンセリングを受けようと思いました。

電話でのレッスン初日はドキドキして腹式呼吸もうまく出来ず、緊張しましたが、今まで吃音の事で誰かと話をするチャンスが全くなかった私にとって、先生からいろいろ説明を伺えて何だか少しほっとしました。音読したことがほとんどない私がレッスンで音読をして、録音された自分の声を聴いた時は嬉しかったです。

今の私にはゆっくりペースで話す事がいちばん必要で良い方法だと思っています。身につけることは簡単ではありませんが、実践あるのみです。
今まで、職場の電話の音にビクッとした私ですが、最近はゆっくり言おうと思いながら出ています。気持ちが本当に楽になりました。周りの人を見るとてきぱきと出来ていいなと思うことがありますが、みんなそれなりに悩みがあるのだと思います。

話すことに多少は失敗してもそれを良しとして、そんな自分を認めていきたいです。何だか吃音に神経質になって一番厳しかったのは自分自身であったのかも知れないと思うこの頃です。

※江田よりのコメント:
長年勤めてきた職場で、事務職に配置転換することになり辞表まで用意したKさんですが、今は試練を宝に変えて仕事に励んでおられます。
「何だか吃音に神経質になって一番厳しかったのは自分自身であったのかも知れない」と思う今のKさんの心境は、自分の吃音を客観的に捉えられるようになってきたことの表れだと思います。



※下のフッターから更に多くの体験談を年齢別にお読みいただけます。