ホーム  体験談 > 吃音と上手くつき合う

吃音改善 体験談(40歳~49歳)(P.3) 吃音と上手くつき合う、緊張感が和らいだ、他

 ビクビクしながら生活する日々から抜け出せるように少しずつ前へ進めたら・・・と思って一歩踏み出しているのが今の心境です。

Mさん(静岡県在住 44歳 主婦・書道師範)

私のことばの詰まることの追憶を遡(さかのぼる)と、小学校4年生の頃だと思います。当時は目立つ存在で本読みを得意としていた記憶があるにもかかわらず、普段しゃべる時にひっかかることが多く、それを人に指摘されてから性格が変わってしまったような気がします。
まるで人に弱みを握られてしまったような気持ちになり、なるべく目立たないように、いばらないようにと心掛けてきました。
本来の私は負けず嫌いな性格なのに、吃音のせいでこんな思いをしなくてはいけないなんて・・・と何度くやしい思いをしたことでしょうか。

小学一年生の時に父を亡くしてから、とにかく母、祖母、兄弟3人で暮らしていくことに必死で、話し方の悩みを家族に相談することなど一切ありませんでした。言っても気が小さいと叱られ、とりあってもらえず、6年生の時に思い切って先生にも相談しましたが、話を聞いてもらっただけで結局何の解決にもなりませんでした。

学生の頃は本読みの時など、かなり前から順番を数えたり、あまりの緊張で心臓はドキドキするし頭はボーッとして、倒れる寸前までいったこともあります。
思春期の中学、高校生時代はとにかく恋愛にも消極的で、毎日おどおど過ごしていたように思います。

次に思い出すのは、大学と就職の面接試験です。なるべく面接の無い大学を探したり、銀行の就職試験ではやはり初めに氏名を名乗る時につかえてしまい、案の定、不合格となりました。接客業なのですから当たり前なのですが、不合格と聞いてなぜかホッとしたのを覚えています。

就職してからも言葉がつまることがある度にごまかしながらやってきましたが、私に対しては、公の前では必要以上に緊張する人というイメージがついていたと思います。

結婚の時も、女性の場合はほとんどの方は苗字が変わりますが、私の場合は半分は相手を苗字で選んでいました。吃音者の方には、どうしても苦手な音があると思いますが、いくら素敵な方でも苗字が言いにくい名前だと自分の気持ちにブレーキをかけていたように思います。普通には非常にばかげた話ですが私はとても真剣に悩みました。こんな心理は一般には理解してもらえないだろうと思います。

専業主婦となった今では、あまり人前に立つ機会も無くなりましたが、娘が成長するにつれ、PTAや近所の行事などに公に出る時もあると思います。その時に果たして自分はどうなるのだろう・・・と予想がつきません。しばらくそういう場面から離れていただけに、一瞬治っているのではないかと錯覚をします。

私の場合は緊張した時にのみ詰まる症状が出てしまうので、日頃の付き合いの中では人に知られていない分、余計に知られたくないという気持ちが働いて、必要以上にこだわってしまうのだと思います。

先生にも言われるように、公の場で発言する機会を作ることによって自信がついてくることは頭ではわかっているのですが、やはり恐い気持ちが勝ってしまってそういう機会を多く持てないでいます。
「言えない自分」を受け入れて、認めて、さらけ出すことは、私にとってとても勇気のいることです。

本当に緊張している自分をコントロールすることが出来るのか夢のような話ですが、ビクビクしながら生活する日々から抜け出せるように少しずつ前へ進めたら・・・と思って一歩踏み出しているのが今の心境です。

  

※江田よりのコメント:
詰まる意識は体が学習したものですので、いつまでも記憶の引き出しに入っているものです。それがMさんのように公の場で引き出しが開いて、体の反応になってことばが出にくくなります。
日常、Mさんは実にきれいな申し分のない話し方をなさっています。書道の先生をしておられるので、字はきれい、ことばもきれい・・・その分、ことばの詰まり感覚を持っているギャップに悩まされるのかもしれません。
ご本人がおっしゃっておられるように、今必要なことは、いろいろな場で話す機会を出来るだけ多くもつことです。言いづらさを感じながらも調節して話せることが本当の自信につながります。

 詰まる感覚をなんとか取り除こうと間違った努力をしていたことに気づきました。

Nさん(愛知県在住 43歳 団体職員 男性)

私はどちらかといえばそれほど頻繁に吃る方ではありません。「本当に吃音者なの?」と不思議がられることもあります。しかし、苦手な場面や苦手な相手と話す時には言葉が出て来ない(難発)ことがよくあります。ただ、そんな時には、とっさに違う言葉に言い換えて話しているので、周りの人は、私のことばの詰まりに気づいていないのではないか、と思います。

ことばが詰まることを意識するようになったのは物心がつき始めた頃からなので、いつ頃から吃るようになったのかは正確にはわかりません。ただ、頻繁に吃るわけではなかったので、話すことで何か強烈に失敗したような経験の記憶はありません。

吃音の方がよく「朗読が苦手」と言われますが、私の場合は決まった原稿をそのまま読む朗読のような場面では比較的吃らず、日常会話などの中で吃音が現れます。ただ、日常会話の場合には、「いい難い言葉」があった場合には言い換えをすればなんとか吃音をごまかせるので、もどかしさを感じつつもなんとか生活できていました。

しかし、言い換えはやはりごまかしなので、自分の感じていることや考えていることをうまく、正確に伝えることができない、そういったもどかしさや落ち込みを感じつつ今まで生きてきたように思います。

ところが、一昨年、仕事の関係で名古屋に転勤になったのを契機に症状が重くなり、以前より頻繁にどもるようになってしまいました。今まで、吃音については「あまり考えないようにしよう」と思っていた私でしたが、真剣に向き合う必要があると考えるようになりました。

今まで、ことばが詰まった時に、「これはあってはならないもの、どもらないで話さなければいけないもの」という意識が強くありました。しかし、最近考えるようになったのは、「ことばの難発は自分の意志ではコントロールできないものである、という認識を持たなければいけない」、そのうえで「自分に発生した吃音にいかに対処していくか」そのことを考えなくてはいけないのではないか、そんな風に考えるようになりました。

ことばが詰まることは自分の意志とは関係なく、突然に現れてくるものである。そして、その発生自体は自分の意志でコントロールできないものであるということは、当たり前のことかもしれませんが、今までそういった基本的な理解が頭になく、現れた症状に対して、なんとかそれを取り除こうと間違った努力をしていたことに気づきました。

ことばが詰まることは自分の意志ではどうにもならない。その前提に立って、詰まる症状が現れた時にあわてず、客観的に観察できるような心の余裕を持てるようになりたい。今はそんなことを考えています。

※江田よりのコメント:
Nさんは仕事柄、人前で話すことが多く、レッスンではNさん自作のスピーチ原稿による演習をさせていただいています。Nさんのように全く問題なくパーフェクトに話す方は結構多くいらっしゃいます。
詰まり感覚を取り除こうとするのではなく、客観的に安定感ある発語感覚を育てていく姿勢が健全なあり方だと思います。

 悪い事ばかりじゃない。どもりとうまく付き合っていこう!

Yさん(愛知県在住 43歳 主婦 ピアノ講師)

「さっちゃん、どうしてあ、あって2回言ったりするの?」  こんな事を友達に言われ始めたのは、日本語をやっとまともに話し始めた4、5歳のころでした。それから40年・・・何とまあ、どもりとの長いつき合いでしょう。

小・中学校では、他の体験者の方々の手記にも多く見られるように、音読や学年始めの自己紹介などの緊張と恐怖におびえ、小学4年生だったでしょうか、本来はどちらかというと積極的で目立ちたがりやの性格なのに、どもってしまうという理由で、人前に立ったり発表したりするのを避けていたため、そのギャップからくる欲求不満からか、爪をかむ癖も出て、何とそれも今現在まで続行中なのです。

高校は音楽科に進学しました。もちろんピアノが大好きで周りの勧めもあったのですが、何より、普通高校よりは人前で話す機会が少ないだろう、という理由で決めたのです。

ところがどうでしょう! 携帯電話なんて夢の時代。入った女子寮では電話をかけるのに寮母さんの部屋の前で名前を大きな声で言って借りなければならず、名前が言えない私はわざわざ近所の公衆電話までかけに行ったりしました。もし寮の電話に出てしまうと、かかってきた人を大きな声で呼ばなければならないので、いつも電話の前を全速力で駆け抜けていました。
それに何と言ってもつらかったのは、ピアノの実技テストで、舞台の上で自分の名簿番号と名前、曲目を言ってから演奏することでした。緊張して何度も名前がつまって言えない事がありました。私にとって実技テストは、ピアノの演奏はもちろん、それと同様いやそれ以上に、この一大事に向けて夜も眠れない日が続くのでした。何ともたいへんな高校生活だったわけです・・・。

今、二人の高校生を我が子に持ち、ピアノ講師の仕事をしています。相変わらずしばしば現れる吃音保持者ならではの壁を乗り越えながら、初めて私がこの悩みを表に出す決心をさせてくれたのがこのホームページでした。

これまでの長い間、両親にも親友にも、今の家族にも一度として吃音の悩みを打ち明けたことはありませんでした。また彼らも、気づいていたのでしょうが、あえて口に出してそれを持ち出すことを避けていたようです。自分だけでは何かをする勇気もありませんでした。それが、電話レッスンで私の生活にこんなにも明るい光が降り注がれたのです。
江田先生の心地よいリズムを持った話し方、レッスン中はそれに乗せられてとてもスムーズに話せます。普段の生活では、時には頭に血が上ってしまってまだまだダメですが、レッスンの時を思い出しながら、力を抜いて・・・と習慣づける努力をしています。

長きに渡って話すことの精神的な重荷を背負ってきたわけですが、でも考えてみればそれがあったからこそ半ば逃げで入った音楽の世界で、無二の親友を得、かわいい生徒達と出会え、そして今の家族も得る事ができました。
悪い事ばかりじゃない。うまくコントロールしながらこれからもどもりと付き合っていこうと思うこの頃です。

※江田よりのコメント:
Yさんのように表面に吃音が表れていない人は、周囲からは、話すことで悩んでいるとは思われないようです。電話でのレッスンで、心の扉をオープンして、安定感ある発語感覚を育んでおられることは嬉しい限りです。